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履修不足・続き

 世間には200時間以上も基準に足りない高校もあるそうで、どうやったらそういう高校生を救えるか、議論もかまびすしい。今さら、受験前に何十時間も割くのはかわいそう、という気持ちもあるらしいし。
 受験のために、本来必要な科目を受講しなかったのなら、いっそ、これからも1時間だって補講しなくていいから、受験勉強に精を出して、「大検」を受けるのってダメ?特別に、「大検」の試験を今年度中に受けられるようにしてあげて。「補講します」という子は補講すればいいけれど、「高校」じゃなくて「予備校」化した高校がいいなら、そういうのもありなんじゃない?とダンナに言ったら、それはないだろ、と言われました。
 いい考えだと思ったんだけどなあ。
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いじめ

 また中学生の女の子が自殺して、いじめの疑いがあるとか。クラブ内で、「わざと強いボールを投げて、取れないと笑う」「あいさつしても無視される」「仲間はずれにされた」など、傷つけられることが多々あったらしい。でも、中学校は「いじめの事実は、確認できていない」だそうで。
 またそういうことになるの?と思う。上に書いたいじわるは、うちの娘が受けていた内容とほぼ同じである。毎日一緒にいる仲間から、一つ一つは些細なことでも、繰り返しこのような仕打ちを受けていたら、傷つくに決まっているでしょう。
 娘の場合も、いつも一緒にミニバスに通っていた友だちが、別の友だちが入ったとたん「私たちの近くに寄らずに、5m以上離れて歩いてよ!」から始まり、クラスの中でもいつも机が外れたところに置かれたり、掃除のとき「○○がさわったから、きもてえ!」などと言われ続けた。
 子どもたちもしたたかだから、「わざとなんか投げてません」「たまたま、あの子の声が聞こえなかったから返事しなかっただけ」「そんなつもりはありませんでした~」と言い訳のできるところでいじめ続ける。重松清さんが繰り返し小節の中で書いているとおり、一人一人になればみんないい子である。でも、「みんな」になったとき、相手の気持ちは考えずに遊び半分で精神的な袋叩きを平然と行える。明日になったら、いじわるの対象はころっと変わって、「みんな」の中からピックアップされたりするし、とりあえず今いじめられている子が継続して「いじめられっ子」であれば安心というのもあるらしい。
 「失神ごっこ」は危険だけれど、法的に罰することもできるし言い逃れはできない。でも、心のいじめは、発覚しても誰かの都合が悪ければ簡単に抹殺される。深く深く傷ついている子がいることに目をつぶれるのが、本当の先生なの?死んで訴えるしかないなんて、悲しすぎる。

楽しい会話

 今日はグループソルフェージュの日。学校の行事がたて込む時期なのでお休みの子も微妙に多いけれど(いや、実はうちの娘の中学校も学校公開日だった)、熱心なちびっ子が集まった。
 ソルフェージュなんてえらそうに言っているが、たいしたことはしていない。今日、低学年の子たちには、1年前にやったプリントを復習。音符の足し算と、基本的な楽語(cresc.やAllegroなど、本当に簡単なもの)の問題である。音符の足し算はみんなよくできたが、楽語はすっかり忘れていた。こんなの知らないでどうするの?と思うようなのばかり。読み方と意味はわかっても、肝心のイタリア語がわからない。「真ん中にあるコレがじゃまなんだよね。」「そうそう、じゃまじゃま!」と「じゃま!」の連呼に。。でも、イタリア語がなんだかわからなかったら、楽譜を読むとき、意味がないでしょう。で、お正月に遊んだ楽語のカルタをみんなでやった。相変わらず、こういうのには盛り上がる。
 さて、聴音の時、まず「ト音記号、4分の3、4小節」とか書かせるのだが、低学年は五線を4小節に分割するのが苦手。幅広い小節や、ここにどうやって音符書くの~と思うほど狭い小節になってしまう。なので、「お兄ちゃんとさあ、おやつを半分こするとき、こういうふうに分けて、こっち(めちゃくちゃ狭いほう)が○○ちゃんのね、って言われたらどう?」と聞いたら、「やだ!」というお答え。「よおく見て、半分こして、も一度半分こして、4小節だよ。」と教える。でも、今日は一人っ子が二人。そのうちの一人が、「ボクは兄弟いないもん。でさ、昨日新車がきた!」と答えた。ん、、、「でさ、」ってどういうつながり?とりあえず「新車って、何?」と聞いたら、「新しい車!」とのお答え。それは、私にもわかります。
 中学年のほうも、とっても和気藹々と進んだ。みんな、楽しくて、よござんした。

見つけた!

 朝から学校公演で茨城へ。帰りにお昼を食べた後、近くのドラッグストアに寄った。そこでお気に入りのコーヒーを見つけた。以前は我が家の前のお店で売っていたのだが、閉店してしまってからどこにもなくて、ただ今いろんなコーヒーをさすらっているところだった。061028_0836~01.jpg
お買い得なのにおいしいコーヒーで、毎日がぶがぶ飲んでいる我が家にはぴったり。さっそくそこにあるだけ買ってしまった。ラッキー。しばらくはこれで楽しめます。

セーフ

 全国の高校で、必修の世界史を履修していなくて卒業できない!という話題。笑い事ではない。不安になって見たら、長男(高3)が入学時に購入した世界史の教科書は、真っ白じゃないの。とても習ったとは思えない。卒業できないのも、これから70時間補習するのも困るなあ。
 帰ってきた長男に聞いた。「え、ニュースでやってるあれね。」と答える。「オレはだいじょうぶだよ。1年の後半に世界史は習ったから。」教科書は使わずに、突貫工事的な授業があったと言う。確かに通知表に評価もついていたが、私もすっかり忘れていた。
 このやり方が合法かどうかはわからないが、とにかく「世界史」はクリアしていたらしい。理系の長男にとって、世界史は確かに不必要なもの。履修していなかった高校でも「受験に関係ないから」と時間を割きたくないんでしょう。
 私は高校の時、世界史も日本史も習った。どちらも苦手科目だったけれど、特に世界史は好きだった。苦手ながらヨーロッパの王室の歴史なんか、ほとんどロマン小説みたいだと思った(今でも、塩野七生の本など好きである「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」とか)。友人にも恵まれた。「愛妃のためにタージ・マハールを造って、その浪費故に息子に投獄されたムガル帝国皇帝シャー・ジャハーンは、追われながらタージ・マハールを見返り見返り歩いたんだろうね。」とか、東ローマ帝国の滅亡とか、夢見る世界史を語る友だちがいた。ハプスブルク家の系図も、勉強としてではなく、魅惑的な物語と捉えて語り合える友人だった。そう、歴史は人間のドラマである。想像力を働かせれば、豊かな人間の営みが見えてくる。
 高校において何を学ぶか。今のように、上を目指す高校生にとって高いハードルの受験が控えていると、「受験のために便利なこと」=「善きこと」と思われがちだが、高校教育を受ける意味を考えれば、歴史を学ぶことはやはり大切だと思う。
 受験のための高校生活ではなく、本当の意味での有意義な三年間であってほしいなあと思う。ティーンエイジャーとして、かけがえのない三年間なんだから。

確かに

 中間テストのお勉強がさっぱり進んでいなかった次男、昨日と今日になって、ひたすら焦っている。とにかく必死でワークをやっつけている。
 そこら中にいろんなものをひっちらかしているので、「ほら、そのCD踏んづけちゃうよ。」と声をかけた。合唱コンクールの課題曲のCDである。そしたら、「だいじょうぶだよ、お母さん。ボクはもう、人一倍聞いたから。」と答える。「あ、でもさあ、人一倍って、結局他の人と同じだよね。一倍だから。人1.5倍とかなら、わかるけどさあ。」ときた。
 そんな屁理屈考えてる暇に、勉強してください。

スマイル・アゲイン

 さすがに10月はシーズン、今日は二つ先の駅に出かけた。全校児童100人くらいの小さな小学校だが、区の企画の鑑賞会で、7名の室内楽が伺えた。学校公開日だということで、お母さんをはじめ、地域の方もたくさんみえた。隣接する保育園の子どもたちも一緒に聞いてくれた。
 児童さんたちが歌ってくれたのは「スマイル・アゲイン」。100人とは思えない立派な歌声を聞かせてくれた。しゃきしゃきとして美人の音楽専科の先生、きっと声楽科出身なんでしょうね。伴奏する側も自然と力が入ったし(入りすぎて、私は最後のほう、こけそうになった。だって一生懸命歌ってくれる姿に泣きそうになっちゃったんだもん)、後ろで聞いていたおとなも感動したことでしょう。「スマイル・アゲイン」はとてもいい歌だし。
 http://momo-mid.com/mu_title/smile_again.htm
 みんな、鑑賞態度もびっくりするほど立派。1年生もしっかり最後まで楽しんでもらえたみたい。
本当によかった。

 お昼ご飯をみんなで食べて(区の担当のお姉さんもご一緒できた)、のんびり帰ってきても1時半。近くだとラッキーです。

初観戦

 午前中レッスンしてから図書館に行った。私はたいした用事はなかった。が、「君のともだち」を早く返したほうがいいかと思ったし(次の予約の人がいるし)、「王さまシリーズ」をほぼ読破した末っ子に「かいぞくポケットシリーズ」の第1巻を借りてやったら、すぐに読んでしまって「他のも早く読みたい」と言うので、続けてまとめて何冊か借りてきた。061022_1129~01.jpg
図書館は我が家から線路の反対側なのだが、線路をまたぐ通路を出たところの庭には、10月だというのに朝顔が咲き誇っていた。写真じゃうまく出ないけれど、ちょっとペパーミントブルーという感じのさわやかな水色。それにしてもすごい数です。

 午後からは、次男の中間試験ももうすぐなんだけれど、妹が招待券をくれたので、次男と末っ子を連れて、味の素スタジアムに、ガンバ大阪vsFC東京戦を見に行った。
 もらったのが自由席なものだから、お昼ご飯を食べるときから「早く行こうよ。10分遅れたら、4列後ろの席になっちゃうよ。」と次男がせっつく。あたふたと用意をして出かけ、新宿から準特急に乗った。味スタの試合があるときは、飛田給駅に臨時停車してくれるのである。駅からスタジアムまでぞろぞろと歩く列についていった。
 スタジアムについたら、addidas dayだとかで、何でもいいからaddidasのものを身につけていたら、選手の写真のジグゾーパズルをくれるという。次男はいつでも着ているけれど、末っ子は本当にたまたまお下がりでいただいたaddidasのTシャツを着ていて(後にも先にもこれ1枚)、二人そろってジグゾーパズルをゲットした。
 さて、自由席は上の方の席だったけれど、フィールド全体がよく見えてなかなかナイス。ほどなく試合前のセレモニーというか、選手の紹介やら応援合戦やら始まった。お祭りっぽくてショーとしてもとても楽しい。スポーツ観戦といえば、ずいぶん前にプロ野球を見たきりで、こんなに派手じゃなかったわと思ったが、TVで見る女子バレーの始まりにも芸能人(誰だかわからない)の歌と踊りがついていたりするし、時代が変わっただけなのかな?
 ところで、出かける前、次男に「サッカー見ながらって、ビールは飲んじゃいけないの?」と聞いた。なんか、ず~っと一生懸命走り回ってる人を見ながらお酒を飲むなんて不謹慎な気がしたので。野球ならいくらでもいいような気がするのに、なんでだろう?でも、スタジアムに着いたら、しっかりビールも販売していて一安心。
 肝心な試合は、前半にガンバが2点入れ、「やっぱり強いね。」「FC東京って、弱いわけね。」なんて失礼なことも言いながら見ていたが、後半30分を過ぎてからFC東京が猛反撃。7分間に3点を入れる大健闘で、見事な大逆転となった。いやあ、盛り上がりましたね。特に次男は、2点目のミドルシュートに大感激。彼は、試合中、サッカーのルールがさっぱりわからない私に(特にオフサイドは謎)、あれこれいろいろ教えてくれた。ず~っと応援し続けるサポーターの熱意にも感動したし、本当に行ってよかったと思える試合になった。付き添いのつもりだったけれど、けっこう楽しかった。また行ってもいいかな。ビールも飲めるし。
 帰りはのんびり各駅停車で帰って、すっかり疲れちゃったから食べに行こうよと仕事帰りのダンナにおねだりして、模試帰りに合流した長男も一緒に、家族で焼鳥屋に行った。いやあ、みんなのよく食べること。「ねえねえ、お父さん、やっぱ、月に1回くらいはこうやって外食しようよ。」と口々に言っていたけれど、お父さんにも覚悟がいるねえ。

「小さき者へ」「きみの友だち」

 重松清さんの本を、続けて二冊読んだ。「小さき者へ」は文庫本を買ったが、「きみの友だち」は図書館で予約した。私の後にも予約者が続く人気の本である。
 「小さき者へ」の中では「団旗はためくもとに」が何と言ってもよかった。お父さんのけなげさがにぐっときた。世間から言えば「不出来な娘」に対する心情も、痛いほど伝わってくる。子どものことを書いているようで、おとなを描写しているのね。
 「きみの友だち」は、私の中では、重松さんのベストと思っている「半パンデイズ」の次にくるかな。後半は、もう涙なしには読めない。久しぶりに「お気に入り」に載せようかと思っている。31606944.jpg
ラストは甘すぎると思うし、主人公恵美ちゃんの弟とその友だちは、『できすぎくん』なスーパーボーイたちで「これは、いくらなんでもやりすぎじゃない?」と思うけれど、でも本当によかった。昨今の話題をさらっているいじめについての話もあって(重松さんは「ナイフ」とか前から書いているけれど)、クラスの中の「みんな」の怖さや、それに翻弄される「いじめられっ子」「いじめっ子」もよく書かれている。普通の小説ではぜ~ったいに主役になれないような人物も取り上げたり、基本的には(うちの次男だったら「お母さんの薦める本は、ず~っと暗い話ばっか!」とけなしそうな)悩み多き物語なんだけれど、読後感はさわやかである。
 子どものための本ではないが、中高生なら読んでもらいたいかな。

腑に落ちない話

 今日は娘の強歩大会。お弁当をもって隣市の自然公園に集合である。長男のデイリーなお弁当は限りなく手抜き、ごめんね~というのでもOKだし、たいへんなら500円玉を渡して「今日はこれで。」というのもあり(こちらのほうが喜ばれたりして)。でも、娘のこういう場合のお弁当は、手抜きはできない。それなのに、今日は茨城県で小学校の鑑賞会。車で7時には出発する予定。5時半に起きて、豚肉ショウガ焼き・卵焼き・コンニャク大根ニンジンの煮物・ほうれん草のゴマ汚し、デザートには巨峰をつけた。末っ子の持ち物をチェックしたり、朝から大わらわで、やれやれ。
 鑑賞会は無事に終わり、昼食を食べて、岩間駅から電車に乗った。ダンナは千葉県で夜のコンサートがあるので、車でそちらに向かうことになっていたのである。バッグを変えたので、たまたまSuicaを持っていなかった。で、運賃表を見ながら切符を購入した。赤羽まで1620円、南浦和・蕨までも1620円とある。西川口は載っていなかったけれどその間にあるので、当然ながら1620円で購入した。
 ところが、西川口の改札を通ろうとしたら、ブザーが鳴って拒否された。料金不足とある。「?」と思ったが、とりあえず精算機に。「270円不足です。」と出た。「え~!?」と思いつつ、不足分を支払う。冷静に考えたら、その理由がわかりました。
 「岩間~赤羽」間は、常磐線から山手線・京浜東北線経由で帰ってきた距離で計算されている。「岩間~蕨」間は常磐線から武蔵野線に乗り換えて南浦和に出るルートで計算。どちらも1620円だけれど、その間にある川口・西川口はもっと高くなるわけね。
 でも、それなら、岩間の料金表に、西川口も書いてよ。ついでに、蕨は隣の駅だから、蕨まで乗っても130円。それを岩間から続けて乗ったら270円分になるというのは、いくらなんでも料金設定が変じゃない?不親切だなあと、不服に思いつつ家に帰った。
 帰ったら、4時から9時まで立て続けに6人のレッスン。子どもの夕ご飯は、お弁当とはうって変わって、昨日の夕食の残り、お弁当のおかずの残り、冷凍食品、インスタントスープ、と悲惨なものになった。見た目だけは豪華だったけれど。ほんとに、やれやれ。

作曲!

 さすがに秋のシーズン到来で、なかなか図書ボランティアに参加するチャンスもなかったけれど、今日は図書室に行くことができた。
 しばらく前、新着図書を登録したが、子どもたちの図書委員がその紹介のポスターを作ってくれていた。けなげな力作に感動。061019_1118~01.jpg

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その前は、もう何年間も「おしいれのぼうけん」「さっちゃんのまほうのて」なんかのポスターを、ず~っと貼ってあった。図書室っていうと、あのポスターみたいな。どの本も私の大好きな本だったけれど、いくらなんでもずっと同じじゃね。

 夕方のおけいこに来た小学校1年の女の子。「作曲したよ。」と見せてくれた。シャープやフラットを使った、これまた力作。五線も、定規を使って書いたんだって。親切に指使いまで書いてある。へ音譜表にも挑戦していて、えらいえらい。061019_1640~01.jpg
「おばけ」というタイトルにぴったりでしょう。宿題でも何でもないのに、こういう意欲作を見せてもらうと、私ももっとがんばって教えなきゃ、と、身の引き締まる思いです。

×をもらった作文

 末っ子の持ち物を整理していたら、以前書いたらしい短文が出てきた。藁半紙に書かれていて、赤ペンで×がついている。本文は次の通り。
「おかあさんへ  きおつけてね。おかあさんは、こしがいたいからむりしないでね。おだいじにね。」
 私が腰を痛めて、少々へばっていた時の作文らしい。いいじゃん、「きおつけてね。」は間違っているし、習った漢字をぶっとばしているけれど、なんで×がついているの?
 理由は簡単。この短文は、「第4回日本一短い交通安全手紙コンクール応募用紙」に書かれていたんだな。
 でも、末っ子のありがたい気持ちをいただいて、この藁半紙を保存することにしました。

負け負け

 市内の中学校新人戦で準決勝まで進んだ次男、これに勝ったら県大と力入りまくりで出かけていったが、0-0のまま延長戦で1点入れられ敗退という、まことに悔しい負けとなった。う~ん、残念。その後の3位決定戦でも、最後まで競り合ったが、結局2-4で敗退。
 準決勝に勝ち残った4チームを見れば、まあ順当なポジションとは思う。でも、次男はひたすら悔しかったみたい。夕方レッスンに来たやはり同じ中学校出身の短大生お姉さんが「え?あの中学校のサッカー部がベスト4になったんですか?!信じられない!」というほどの健闘だったけれど、次男はやっぱり勝ちたかったのね。夜、ダンナと話しながらも涙がにじんでいた。
 でも、夕方閉会式から戻ってきて、ヴァイオリンのレッスンに行き、そのあと公文。夜はお風呂も入らないうちに、その場で寝てしまった。ちゃんと最後までふんばったので、ちょっとだけほめてあげようかな。

宇都宮餃子

 栃木県総合文化センターでのコンサート。午前・午後ともチケットは完売ということで、にぎにぎしい雰囲気だった。休憩なしの1時間ずつだったので、スケジュール的には少々余裕があった。特に午後の「わくわくコンサート」(このタイトルは初めて。幼稚園児くらいを対象に考えたらしい)は、静かすぎずうるさくもなく、たいへん盛り上がった。よかった~
 行きは車だったのだが、コンサートの後に二宮に移動するダンナが乗っていってしまったので、帰りは新幹線で帰ってきた。というわけで、宇都宮駅で、子どもと食べる餃子を購入した。061015_2108~01.jpg
お昼ご飯にと作って出かけたおでんもあったし、少しずつでいいやと思ったら、「おいしいねえ、もう終わり?」とみなさん物足りなかったようす。さすがだなあ。すみません。近々餃子を作りましょう。

先生はやっぱり神さま

 我が家では、中学生になった子どもたちは、基本的に自分のスケジュールを自分で管理するようにしてもらっている。そろそろ自分のことはできなくては困るし、私も全員の分を監視できないから。もちろん、諸連絡をするように声はかけるし、気をつけてはいるのだけれど。
 少し前、娘は箏のレッスンだったのに、すっかり忘れてしまった。私が聞いても「今日じゃないよ。」と答え、夕方「どうしたの?」と先生が電話してくださってようやく気づき、しかもその電話のことも私に黙っていた。当然ながら、発覚したらむちゃくちゃ叱られた。そのあと、レッスンの時に向こう2ヶ月間くらいのレッスン日とレッスンのスケジュールを先生に決めていただいて帰ってきた。
 そ、それなのに、娘は今日の予定の英検を明日と思いこんで、英検と同じ時間にばっちりレッスンを入れてしまった。むむむ、英検が土曜日とわかった時点で、「本当に申し訳ないことだけれど、先生に謝って、レッスンを変更していただきなさい。」と言ったのに、娘はその日、連絡の電話を忘れた。翌日になって、ダンナが爆発した。「お前の先生は、神さまだ!お箏は誰よりもうまいし、音楽家としてお父さんも尊敬している。その神さまのおっしゃるとおりにがんばれなくては、お前の未来はない!神さまのスケジュールの中に時間をいただいているのに、それを自分の都合でちょこちょこ変えようとするとは何事だ。英検なんか受けなくていい!」と。
 さあ、困った。ダンナの言うこともよくわかる。受験の時の先生は、確かに神さまである。私だって、高校の文化祭当日にも学校を早退してレッスンに行った。「その日は文化祭なので、ちょっと」なんて言える雰囲気ではなかった。旧国鉄がストライキで動かなかったとき、「電車が止まっているのでレッスンに伺えません。」と電話したら、「北海道から飛行機でレッスンに来る人もいるのに、そんなことで休むんですか!」と叱られた。先生にいただいたレッスン時間を、自分のミスでぶっとばしたり変更したり、何度もご迷惑をかけるなんて!でも、受験のためには、今回の英検はどうしても受けておきたい。
 母親として悩んだが、金曜日、やはりこれは私が謝り倒してレッスンを休ませていただこうと思って電話の親機のところにいったら、FAXが。「土曜日は1時半から5時くらいまでのつもりできなさい。」という先生のお言葉。これなら英検も受けられるじゃないの!先生は、やっぱり神さまだったのかも。娘とほっと胸をなで下ろし、何が何でも英検は合格しなくては、と気合いを入れ直しての今日と相成った。
 合格していますように。

準決勝へ

 去年の今ごろ、市立中学校を選ぶ書類(我が市では小中学校は選択制である)を書くにあたって、次男は「お母さん、ボクは友だちと毎日サッカーを練習したいんだよ。」と言った。強い・弱いは関係ない、とにかく仲間とサッカーしたい、と。だから、学区の中学校にはサッカー部がなかったので、私の母校である中学校を選んだ。そこのサッカー部は強くはなかったけれど、いい先生がいらして楽しくサッカーしてるよ、と聞いたので。いや、「強くはなかった」というより、市内の中学生大会に出ては一回戦で負ける弱いチームだった。
 希望の中学校に進学できることになって、4月の入学式に行ったら、「楽しくサッカー」の先生は転任なさって、新しい顧問の先生がいらしていた。これがまた、めちゃくちゃ厳しい先生だった。雨が降って校庭を使えなかったら学校の外周20周(10キロは超えると思う)、声が小さいと叱られたらダッシュ100本。土日もほとんど練習と練習試合である。でも、次男は6月頃に「お母さん、オレ、○○中に入ってよかったよ。」と言った。練習に出かけるのに、水筒やら、水筒に入れる氷やら、エネルギー補給のゼリーやら、文句も言わずに自分で用意して、洗うのも準備するのも全部すすんでやった。「お母さん、やっといて。」とは決して言わなくなった。お小遣いもおばばからいただくお金も、すべてサッカーにつぎ込んでいる。
 今週は、市内の中学校の新人戦である。「出ると負け」だった次男の中学校は、昨日も今日も勝った(くじ運もよく、2回戦からの出場だった)。次は月曜日の準決勝、勝てば県大会に出場できる。本当に運よく、1年生だけれど先発メンバーに入れていただいている。サッカー一色の生活である。お勉強はさっぱり!だけれど、まあ、こんな中学校生活もありかな、と思う。月曜日は、勝っても負けても「がんばったね。」と言ってやれると思う。

ナルニア国物語

 しばらく前に、末っ子の友だちが「ナルニア国物語」のDVDを貸してくれて、返さなくちゃと言いながらまだうちにある。子どもたちは、何度も何度も見ても飽きない(だったら、自分で買いなさいって感じ)。特番ばかりで面白いテレビがないと、すぐ見始める。「チャーリーとチョコレート工場」や「ジャック」や、何度も書いたけれど、映画が好きな子どもたちなんである。
 主人公の子どもたちが4人兄弟なのも、「ナルニア国物語」がお気に召した理由らしい。4番目のかわいい女の子を男の子にしたら、編成がうちの子たちと同じになる。それに、タイムトラベルというか、別世界との移動って、子どもならずとも魅惑的なテーマじゃありませんか。セリフを覚えるくらい見て、次男は朝読書の時間に「ナルニア国物語」を読んでいる。
 原作に比べて、内容的にちゃちだとか、いろんな意見はあるだろうけれど、これを見て「ナルニア国物語」を読んでみようかなと思う子が増えるならいいのではないか。現に、ボランティアに入っている小学校の図書室でも、片隅にあった「ナルニア国物語」を動きのある本棚に移してちょっとした紹介文を書いたら、常にぽつぽつと借り出されている。
 「ゲド戦記」なんて、普通の子どもなら絶対読みそうにない本だけれど、やはり小学校の図書室が全巻購入してくれて、常に借り出している子どもがいるし(ちゃんと読める子は、あの中の何割くらいかな)、きっかけはたくさんあるほうがいいと思う。

折り紙

 先日、ふとしたことで、うちの長男以外、娘も次男も末っ子も折り紙はほとんどできないことが発覚した。長男は、たまたま保育園の担任の先生が熱心に教えて下さったので少々できる。残りの三人は鶴も折れないとわかって、親としては衝撃を受けた。でも、考えてみれば、じっくりのんびり折り紙を教えたりすることはなかったかも。衝撃的な事実に「私って母親失格なのかも。」と思ったが、今からでも遅くないかもと考え直し、とりあえず次男と末っ子に折り紙をもたせ、「ほら、鶴を折るよ。」と声をかけた。お風呂がわくのを待つ間に。061010_2258~01.jpg
 二人とも、けっこう素直に取り組んだ。一羽折ったら、「ねえねえ、もう一回折ってみていい?」と聞いてきて、二人とも復習した。お風呂にはいるとき、各自自分の折り紙をデコレイト。なぜかお尻につまようじを刺して、いろんなところに飾った。写真は末っ子が飾ったもの。手前はノコギリクワガタだそうで、唯一自分で折れた作品。百合は私が折りました。
 忙しがってばかりいないで、たまには子どもとのんびり折り紙したりしなくちゃなあと思った。だって折っている間、テレビが見たいだの、ゲームのほうがいいよなんて、誰も言わなかったもの。

水戸芸術館

 全国生涯学習フェスティバル「まなびピア~いばらき」というイベントの一貫として、水戸市の生涯学習課の「みと好文カレッジ」主催のコンサートが、水戸芸術館で行われた。
http://business2.plala.or.jp/koubun/dayori61go1Pmanabipia.pdf#search='髻ウ讌ス縺ョ縺翫¥繧翫b縺ョ%20豌エ謌ク闃ク陦馴、ィ'
 9月の初め、みと好文カレッジから、「コンサート参加希望者が殺到しているので、午前・午後の2公演のあと、もう1公演追加できないか」という打診があった。いくらなんでもそれは体力的に大変じゃないか、とスタッフと話し合った。結局、600席のホールで2公演の予定だったが、3000人分の応募があったので落選する人を少しでも救いたいという先方の熱意を受けて、史上初の3公演になった。午前中と夕方は乳幼児大歓迎の「わいわいコンサート」、昼下がりは少しお姉さん向きの「アフタヌーンコンサート」ということになった。
 無料のコンサートの場合、チケットを持っている人が実際に参加するかどうかは当日蓋を開けないとわからない。今日の場合、各公演当選者を700名にして、計2100名に当選通知を出したのだが、3公演ともほぼ満席だった。これはかなり優秀な出席率だと思う。特に、夕方4時半からちびっ子と一緒に聞く「わいわいコンサート」は実際には半分くらいしか席が埋まらないんじゃないかと心配したが、午前の公演よりも大勢のお客さまがいらっしゃったかも。本当にくたくたになったけれど、最後まで熱心に聞いてくださるお客さまたちに支えられて、無事に公演が終わった。
 いつもより遅く帰ったら、我が家の子どもたちは、夕食に野菜炒めを作って4人で食べ終えていた。さらにいくつかのおかずを(ささっとできるものばかりだけれど)作って、食べさせた。みんなの協力にも感謝。
 ついでだが、今日の公演にはNHKの取材が入って、お昼の地方ニュースで放映されたそうな。私たちは取材すら知らなくて、知り合いから「見たよ!」というメールをいただいてビックリ仰天した。やれやれ。

サウンド・オブ・ミュージック

 テレビ番組が秋の特番ばかりで、今一つ面白くない。今日は、前に録画していた「サウンド・オブ・ミュージック」を見ることになった。字幕なので末っ子にはわかりづらいが、音楽のシーンは言葉がわからなくても知っているメロディだから楽しかったみたい。
 私も久しぶりだったけれど、本当に美しい映画だなあと、ため息混じりに見た。7人の子どもたちの心を解きほぐし、のびのびと羽ばたかせるマリア先生の大きさ。根底にあるのは、子どもたちとマリア先生の間に結ばれた信頼である。ドレミの歌を見ていているだけでも、涙が出そうになった。逃亡シーンでは、何度も見ているのにはらはらしたし、堪能しました。

そして誰もいなくなった

 本当は金曜日は最低でも4人は教えるはずだったが、ご都合が悪い生徒さんがいて、そのかわりに先日体調不良につきお休みだった子を二人ばかり補講する予定だった。でも、この風雨。午前中、両手で傘を握りしめながら楽器店に楽譜を買いに行って、午後は家の片づけをしていた(珍しく。明日も月曜日もコンサートだし)。そうしたら、連絡が入って、生徒さんが次々とキャンセル。「天候不順だから」という人と、「塾のテストが近いから」という人。結局、本当に珍しくだあれもいなくなってしまった。最近ずっと、日曜日だってレッスンしていたし、完全休業なんて、何日ぶりでしょう。
 だからというわけでもないけれど、今日の夕食は魚づくし。イワシのお刺身に、牡蛎フライ。牡蛎フライだけだと物足りない子どもたちのために、ちくわにチーズを刺したものもフライにした(このチーズちくわは、生でも天ぷらでもいけるし、家計のピンチの救世主である)。061006_1923~01.jpg
先日のイカの刺身の残りのげそを唐揚げ。あとは、小松菜の煮浸しとキュウリの漬け物におみそ汁。あ、生の筋子が安かったので、醤油漬けに。061006_0915~01.jpg
筋子についているタレは使ったことがないので、醤油と酒を半々で煮立てたものにほぐしたイクラを漬け込む。本当は、子どもたちは肉を食べたいんだろうけれど、親が年を取って、肉のかたまりなんかに興味がなくなってきた。それに、今は受験生が二人もいるので、青魚を食べて頭がよくなるように、せっせと料理している。
 夕方、時間が丸空きになるって、幸せだなあ。でも、お天気もよくなりますように。

楽しいコメント

 なかなか独創的な我が生徒(小四)、発表会の連弾に出した「スペイン舞曲第1番」(モシュコフスキー作曲)を一緒に弾いたら、「先生っ、かっこいいねえ、いい曲だねえ。」と感動し、「真ん中のところは、『森をさまよっている』感じだねえ。」と、私のペンを勝手に使って、楽譜に「森をさまよっているところ」と書き込んだ。ちなみに、始まりは、星付きの『きらきら』だそうで。なかなか楽しみである。061005_2121~02.jpg
 この子が、ピアノの上にあった「のだめカンタービレ」のファイル(心優しい友人がくださった)を見て、「ねえねえ、先生、この男の人、どうして汗かいてるの?」と問いただしてくる。「あ!そうか、きっと練習してなかったから、間違えて焦ってるんだね!」と、勝手に結論を出していた。う~む、む、む、そう・・・かもしれない。このままだと汗が見えにくいので、絵をクリックしてみてくださいね。
 あなたは、冷や汗かかなくていいようにがんばろうねっ。

映画化

 大好きな小説「しゃべれどもしゃべれども」(佐藤多佳子著)が映画化されて、来春公開されるらしい。たまたま集まった話すのが下手、ひいては生きるのが下手な人たちが、励まし合い、助け合って成長していく物語。個人的には、阪神ファンの少年(クラスでいじめにあっている)が贔屓である。
 どんな映画になるのかなあ。楽しみだなあ。ちなみに主人公、二つ目の噺家三つ葉は国分太一さんという人が演じるとか。残念ながら、どんな人かさっぱりわかりません。
 
 ちょっと前に書いた、同じ作者の「一瞬の風になれ」は三部作の最終作が10月に発売されるが、目下第一部は品切れ再版未定らしい。なんで、さっさと増刷しないの???図書館では、相変わらず予約の順番待ちである。

ホタル族?に関する悩み

 ただ今、クリスマスコンサートと新春コンサートのチラシを制作中。もちろん、クリスマスのチラシは既にいくつかできて、チケットも発売されている。何枚ものチラシをチェックするのは、けっこう神経を使う作業である。
 日曜日、ポストに東京新聞のお試し版が入っていた。日本のオーケストラ事情の特集があったので、けっこう隅から隅まで読んだ。各オーケストラの収支や団員の平均年収(N響ってやっぱりすごい)、オーケストラの編成の説明など、なかなか盛りだくさん。高い外国のオーケストラよりも、日本のオーケストラを聴いてみよう、という主旨でもあって、初めてオーケストラを聴く人に、チケットの入手方法から、入退場のしかた(もちろんお客の側の)、拍手のタイミングみたいなものまで書いてあった。「(交響曲の)楽章間では拍手をしないものなので、慣れないうちは回りに合わせて拍手をしよう。」「ホールの中では、携帯や時計のアラームは切っておこう。」という当たり前のことまで。
 でも、ちょっと考えると、こんなの私たちには常識だけれど、初めてのお客さまならやっぱりわからないことなのかも。知らないから失敗することもあるし、誰かに聞くのは難しいだろうし。で、思いついたのは、チラシに諸注意を載せてはどうか、ということ。
 目下、私たちのアンサンブルのコンサートでまことに困っているのは、コンサートを撮影・録画するお客さまなんである。しばしば音楽を聴きに行く方なら「え、何ですって?」とびっくりなさるだろうが、これが意外に多い。もちろん、会場では開演前に「録音・撮影はご遠慮ください。」というアナウンスが入る。でも、ビデオを回したり、写真を撮ったりする方が後を絶たない。ご本人はこっそりなさっているつもりかもしれないが、舞台から見ると、暗い客席にポッポッと赤やら青やらの光がともって見える。電源を入れた印のランプである。ホタルみたい。あ、でもこっそりと、という意識もないのかも。客席の一番前ど真ん中で舞台に向かってビデオを回し続ける人もいるし、ご自分が撮影した写真を堂々とブログに載せている方もいる(しかも、子どもが歩き回るところ、客席でお菓子を食べているところとか)。主催者は私たちではないし、主催者も呼びかけはしても、厳しく制止できないのが難しいところ。
 コンサートを撮るのも録るのも当然禁止、という私たちの常識はここでは成り立たない。たぶん、公園でわが子の成長を撮るのと同じ感覚なんでしょう。いや、幼稚園の学芸会と同じと言うべきか。自分の子どもが音楽を楽しんでいる様子を撮りながら、そのコンサートも記録する。その映像を悪用するわけじゃないし、なんでいけないの?と思うのかな?例えば、しまじろうのコンサートなんかも撮影は禁止だと思うのだけれど、そこらへんはどうなっているのかな?
 でも、ホールというのはコンサートを生で楽しむ場所で、記録するところではない。小さい子どもが来場してくださるコンサートでも、この一線は守りたい。親御さんも、記録係にならずに、子どもと一緒に音楽を楽しんでもらいたい。この演奏会のルールをご存知ないなら、ご紹介くらいはしたい。
 だから、チラシに「コンサート中は、ご自分のお子さまを撮ることもご遠慮ください。」とか書いたらダメ?と聞いたら、やっぱり却下されました。
プロフィール

しおん

  • Author:しおん
  • 4人の子どものうち、1人は結婚し孫もできました。まだまだ子育ては続きますが、日々格闘しながら、ピアノと向かう毎日。大好きな本のこと、ベランダの緑、趣味の手芸もご報告していこうと思っています。
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