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今日の失敗

 朝、末っ子が壊してしまった(はがしてしまった)ダイレクトマグのふたを直そうと、瞬間接着剤を開けた。ふたのパーツを二つくっつけようとしたのだが、うまく繋がらなくてもたもたしていたら、気がつくとふたはくっつかないのに、私の左手の指と指がぴったりと。080430_0858~01
本当は、記念撮影している場合ではない。根本から先まで、ぴったりくっついてびくともしない。ほれぼれするほどの接着力である。ふたはくっついていないのに。
 マニキュアの除光液を探したが、見あたらない。長男をたたき起こし(大学は「臨時休業」で休みだったから)、「除光液、持ってる?」と聞いたら、「持ってるわけないじゃん。」という返事。そりゃ、当たり前だけど、こちらも焦っている。娘の部屋を探索したら、マニキュアは6個もあったけれど(いつ使ってるんじゃ?)、除光液はない。
 ダンナは「カッターで、少しずつ剥がすしかないんじゃん?」と言うが、皮が剥げそうである。シール剥がしをスプレーしてみたけれど、役に立たない。しかたないので、ダンナが除光液ないしはシンナーを買いに出た。私はもう一度除光液を探したら、10年以上前のビンが出てきた。試しにつけたら、接着剤が軟化し、無事に指と指は離れた。
 いやあ、焦った。野口英子になっちゃったかと思ったよ~。手についた接着剤がばりばりしていたので、顔を洗うのも痛くてたいへんだった。肝心のダイレクトマグのふたは、くっつけてしばらく放置していたら、無事につきました。それって、瞬間接着剤って言う?
 なんか、最近失敗の話ばっかり。
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ぼけてます。

 一昨日も昨日も、居間の椅子に次男の制服のズボンがかかっていた。何で、こんなものをほったらかして!とむっとして、文句を言おうと思ったときにいなかったので言いそびれた。
 今朝、学校に行く準備をしている次男を見て、はっ!!!ズボンの裾が落ちちゃったから直してね、と頼まれていました。すっかり忘れてた(涙)。あわてて、長男と娘のお弁当を仕上げてから、針と糸を出して直したけれど、この物忘れのひどさにがっくし。
 それにしても「何で片付けないのよ!?」と、次男に言わなくてよかった。そのあと、ず~っとず~っと、うぜえよ、むかつくんだよ、と10分くらいはまくしたてられたでしょう。

煮詰まってます

 しばらく前からどうして忙しがっているかというと、5月9日にコンサートがあるのである。練習は、、、してるけど、なかなか弾けない。練習するのに、洗濯物だって、お弁当だって、ご飯だって、いつもと変わらずそこにある。ううう。
 でも、午前中は家のピアノを弾けないので、事務所のレッスン室に行ったり、夜もご飯を作って「ほら、食べて。」と出してから、私は9時までピアノを弾いたりしていると、子どもたちが何も言わずに楽器の練習をしたり、宿題に取りかかったりしている。口うるさく言うより、態度で示すほうがいいのかなあ。
 というわけで、ゴールデンウィークだけれど、私は1日も休みがない。娘の箏の発表会もあるし、よけた生徒のレッスンもあるし、ヴァイオリンの方とのレッスンも。今日は所属している音楽団体の総会だった。
 楽しいけれど、忙しい毎日。

サイクリング

 昨年の町会対抗運動会ので男女混合リレーにかり出されたとき、たった100m走るのに息を切らし、もう走れな~いと音を上げたのを反省し。以来、何かにつけてちょこちょこと動いたり、走ったりするようにしていた。
 今日は次男のサッカーの試合の手伝いに行ったのだが、行きは他のお母さんの車に乗せていただいた。当然帰りもその予定だったが、試合で負傷者が出てしまった。子どもたちはうちから6、7キロ離れた会場の中学校まで自転車で行く。足を怪我してしまったので、自転車には乗れない。「自転車を載せられる車の方はいますか?」と聞いたが、応援に駆けつけたお母さんたちの愛車は小型車ばかり。なので、私が乗せていただいた車に負傷者を乗せ、私はその子の自転車で家まで帰った(以前自転車で行ったことがあったのである)。陽気もよく、気持ちのいいサイクリングになった。いい運動でした。

「ちいさいモモちゃん」

 新学期当初、「先生がこわい」と訴えていた末っ子だが、だんだん慣れてきたら、一生懸命の若い女の先生だし、それなりになついているらしい。その先生が、毎日本を読んでくれるという。「ちいさいモモちゃん」のお話を一つずつ。けっこう楽しみにしていて、「明日は『にげだしたにんじんさん』だよ。」などと話してくれたので、「実は、その本はうちにありま~す。」と出してやったら、すごく喜んで翌日学校に持っていった。「モモちゃんとアカネちゃん」を持ってきた女の子もいたそうで、クラスメイトがみんなでかわるがわる見ていたそうだ。4年生に「モモちゃん」は少々幼いかもしれないけれど、読んでもらって言葉を味わうのにはちょうどいいかも。きれいな日本語だし。
 転任したての小学校で、しかも」決して楽ではない、忙しい小学校(昨年のベテラン先生も、「一緒に遊ぶ時間が取れなくて」とこぼしていらした)で、職場に慣れることや授業の準備で手一杯だと思うのに、本を読んでくださる先生に感謝。

おばかっ!

 新学期は子どもたちの持ち物の準備もめんどうである。体操服の名札も一度にできず、ぼちぼちと取り替えていたのだが、頭の中がごっちゃになって。080423_1307~01
これは末っ子の体操服。4-1と書かなきゃいけなかったのに、ぼうっとしていて次男の学年とクラスを書いてしまっていた。
 小学校の校門前の文房具屋にゼッケンを買いに行ってやり直し。涙。

低学年グループ・ソルフェージュ始動

 生徒の年齢って、まんべんなく揃うほうがいいよ、と調律師には言われているが、実際は自分でうまく集めるわけではない。なので、今の学年で言うと、中2、小6、小4がたくさんいて、今年入学した新1年生がどっさり(といっても4人ですが、5月に増員予定)。
 同じくらいの子たちを集めて教えるグループソルフェージュは、3年前に小1で始めた人たちが大きくなったので、今年、久しぶりに小さい人たちのクラスを作った。間の学年の子たちは、土曜日が塾だったり、私立で学校があったり、うまく集まらなかったので学年が離れてしまったのである。
 グループソルフェージュの、一番だいじな点は、仲間作りである。お母さんとおけいこに通うだけでは、先生に教えられて、家ではお母さんに言われて(厳しく指導されて?)練習するばかり。同じピアノを習っている子と友だちになり一緒に楽しく過ごせると、本人のやる気が違ってくる。発表会の連弾も、友だち同士で和気藹々とできる。
 同じ教室で教えてくださっているもう一人の先生の生徒さんも一緒に、今日から、新1年生クラスを始めた。みんな、ちょっと緊張気味だったが、だんだん慣れてすごく元気に。ピアノを始めたばかりの子もいるので、音符の名前とか、キホンのキホンから始めた。「おせんべ、おせんべ、やけたかな」を音符にすると、どう並べればいいか、とか、音符カードを使ってリズムをたたいたり、一生懸命取り組んでくれた。
 今日は都合で3人しか集まらなかったが、対象になる子が6人、5月からは7人になる。にぎやかになるでしょう。

PTAその3

 今日は小学校の授業参観と懇談会。末っ子の担任の先生は、今年転任していらした方なので、どんな授業なのか興味もあったし、雨の中出かけていった。さすがに4年生になって、授業の進め方や発言の仕方もぐ~んとお兄さん・お姉さんぽくなっている(内容はともかく)。まだ20代の若い先生で、お母さんたちの前で緊張しているのがはっきりわかった。すごく一生懸命だった。自分もへなちょこ先生なので、先生の気持ちって気の毒なほどわかるなあ。
 懇談会のほうは、4年生ということもあって、役員決めもすんなり。未経験の人は、ここらへんでやらないと、高学年はたいへんって思うし。私はちょっとした学校清掃のお手伝い係ですんだ。
 ちょっとこわい、と末っ子が訴えていた先生の雰囲気は、たぶんどこかの方言というかイントネーションだと思う。先生の授業を見て、お話を聞いて一安心。さぼらず学校に行くことって、大切ですね。

桜の通り抜け

 テレビのニュースで、大阪の造幣局の「桜の通り抜け」を映していた。造幣局の桜は八重桜である。旧淀川川縁の造幣局の遊歩道が、一面桜で覆われる。懐かしい思いで見た。

 私は、小学校5年生から中学校1年生まで、造幣局から徒歩5分くらいのところに住んでいた。私の通った小学校の児童の三分の一は、造幣局の職員の子どもだった(造幣局で偉い役職のお父さんを持つ女の子がいた。頭がよくてピアノが上手だった。)。
 中学校は一学期通っただけで埼玉に転校してしまったが、桜の通り抜けの期間、一日は授業が半日になった。お花見しましょう、ということだったらしい。通り抜けの時は信じられないほどの人が集まったが、ふだんは穏やかな、のどかな場所だった。小学校の頃、造幣局の見学に行った記憶もある。造幣局では、お札ではなく、硬貨を作っていた。

 造幣局の横には泉布観があった。私が住んでいたころは、その地下が図書館になっていて、私と妹は、旧淀川の川縁から、近道するために斜面をよじのぼって通い詰めた。かびくさくて暗い、子ども心には洞穴のような図書館で、児童図書も古くさい感じの本ばかりだったが、私はけっこう好きだった。父の転勤が決まって引っ越すとき、図書カードを返しに行ったら、いつも厳しくてこわい司書のお姉さん(黒縁めがねをかけていた、と思う)が「寂しくなるわね」と言ってくださった。今では、泉布観は、毎年春分の日のころ三日間公開されるだけになってしまったらしい。もう一度行ってみたい場所である。

宝くじは・・・

 当たり前ですけど、外れてました。エントリーしてから、末っ子はず~っと宝くじのことばかり。「当たらなかったらどうしよう?」だの、「wiiを買ったらどこで遊べばいいのかなあ。」「やっぱり、ストレートじゃなくてセットにしたらよかったかなあ(男らしくって、言ったくせに)。」だの、わくわくどきどきし続けていた。
 インターネットで結果を見られるというので、昨夜から何度もページを開くが載っていない。今朝起きてすぐ見て、「外れてた。」と一言。
 私から見たら、200円であれだけ盛り上がれたら、満足でしょう。
 

将来の夢はなんですか?

 子どもたちを見ていると、保育園の七夕に始まって、毎年のように「将来の夢は?」「大きくなってなりたいものは?」と聞かれている。保育園のころは、「○○レンジャー」とか「ウルトラマン」とか、女の子なら小学生でも「花屋さん」「ケーキ屋さん」とか、答える。だが、まじめに考えて本当に「なりたいもの」を特定できている子っているのかなあ。末っ子は、しばらくまえから「なりたいものは?」と聞かれると、「ない。」「わからない。」と答える。そうだろうなあ、とも思う。
 「○○レンジャー」はともかく、実際に「花屋さん」や「ケーキ屋さん」になる子はほんの一握りだろう。小学校の卒業時、やはり「将来の夢は?」と聞かれて答えるコーナーがあるが、「サラリーマン」と書いているのを読むと、たぶんみんなちょっと笑う。何となく「夢のない」代名詞みたいになっている。だが、おそらくは半数くらいの子は、将来サラリーマンになる。サラリーマンになりたい、という願いの、どこがおかしいことなのか?

 という話をするのも、そろそろ次男が高校を考える時期だからである。次男は小学校の頃から、何のブレもなく「サッカー選手になりたい」と思っている。そのための高校に進みたいと言う。ダンナは、高校はサッカーのためでなく、勉強の能力に見合ったところを選んでほしいなあと思っている。そもそも、今の時点で、次男が他人を大きく引き離してすばらしいサッカー選手だというわけではない。だから、将来を考えれば、別の高校でもいいじゃないか。そこが次男には納得できない。私は、、、微妙である。彼の周りには、曲がりなりにも初志貫徹して音楽を生業にしている両親がいて、希望通り翻訳家になった叔母がいる。彼は、望んでがんばれば、夢は叶うと思っている。でも、例えば娘に「タレントになりたい」と言われて「応援するよ。」と答える親って、どのくらいいるだろう?
 夢がないのも、夢があるのも、どちらも複雑な親心である。

 今日は末っ子の誕生日。産院の病室に、恥ずかしそうに、うれしそうに、上の子たちが見に来た末っ子も10才である。今年は、末っ子が集めている漫画本を、それぞれ3冊ずつプレゼントした。ケーキもそれぞれに手伝ってくれた。普通のろうそくがなくて、サッカーのボールのろうそくを三個。080414_2125~01
みんなのハッピーバースデイの合唱のあと、末っ子は元気よく火を吹き消した。
 

宝くじ☆初体験

 しばらく前から末っ子が、「宝くじって、どうやって買うの?」と聞いてきていた。実は、私は今までに買ったことがない。宝くじって、当たらないとお金はもどってこないんだよ、と何度も言い聞かせ、誕生日もすぐなので、1回だけ買ってもいいよということにした。
 今日は、私と二人で近所の宝くじ売り場へ。本人が思っていたような昔ながらの宝くじはなくて、「数字選択式宝くじ」にした。つまり、「ロト6」ですね。親切な売り場のお姉さんが、「数字をいくつ選ぶかで、当たりの金額が違ってくるの。ロト6なら2億円だし、4桁のナンバーズ4なら100万円、ナンバーズ3なら10万円です。当たる確率はお金が安いほうが高いんですよ。」と説明してくださった。本当は子どもには売れないのだが、保護者同伴ならだいじょうぶなんだそうで。末っ子は「ボクはそんなにたくさんのお金はいらないから、10万円のにします。」と、好きな数字3個を塗りつぶすナンバーズ3にした。さらに、その並び方だけのタイプ、ランダムに数字だけ合っていたら当たりになるタイプ、両方をミックスしたタイプ、いろいろある。こちらは「男らしく、ストレートで一発勝負にします。」とのことで、お姉さんに200円払ってエントリーした。
 明日の夜には抽選で、結果がわかるらしい。当たったら、wiiかPSPがほしいそうです。夢はふくらむナンバーズ3である。明日は、末っ子の誕生日。

PTAその2

 今度は、高校の懇談会である。前からわかっていたので空けてはあったが、レッスンを休めない子もいて、朝からレッスンし、12時からもレッスンし、ご飯を食べずに1時半の懇談会に駆けつけた。
 先生のお話の後、役員決め。若い先生が「どなたか・・・」と声をかけても、立候補する人がいるわけもない。そこで先生が、「PTA執行部のほうから、このクラスでは、しおんさんと○○さんならお願いすれば受けてもらえるかもと聞いております。」という物騒な発言。つまり、去年やった人だから今年もやるかも、という話らしい。私は寝耳に水。これって、変じゃない?しかも、付属中学校を含めれば、役員経験者は他にも数名いる。先生がこんなことをおっしゃれば、みんなだんまりを決めこんで、本当に困ったときは指名された人がやってくれるだろうと思うに決まっている。さすがに先生も「でも、やはりたくさんの方が経験していただいたほうが・・・」と後からフォローのお言葉もあるが、そんなの誰も聞いていません。「誰もいないと、あみだくじになったりしてしまうんですが・・・」と言うので、私が「あみだで決まったら、諦めて役員をやります。」と言ったら、「じゃあ、あみだに当たったと思って受けませんか?」という、これは他のお母さんの発言まで。そ、そんな・・・である。みんな平等にクジを引いて選ぶのと、自分で引き受けるのとは全然違います。でも、とにかく発言するのは、経験者の人ばかりである。
 結局、お一人だけ、初めてだけれどがんばりますと手を挙げてくださった後、私が厚生委員、クラスの代表委員は経験者のお母さんが二人連盟でシェアするということで決まった。
 その上、さらなる悲劇が。。。三時半からの顔合わせで、委員長と副委員長を決めるという。委員長は高3のお母さんからということで、執行部経験者の方にすんなり決まった。副委員長は高2からというのに、高2は私しかいない。他の人は帰ってしまったのである。これって、受けないわけにいかない状況?
 昨年、1年間だけですからと言われて引き受けたのに、何でこうなるの?もう来年の保護者会には出ないぞ、と決めた。PTAの役員をすると、このように誰もやりたがらないことを一生懸命やる、本当にいいお母さんたちと出逢える。そこでの仕事だって、死んでもできませんというほどではないし、いろいろ情報交換できたり、先生方と親しくなれたり、メリットは多い。やればやったで、けっこう楽しい。それでも、誰かに押しつけて逃げまくっている人たちの代わりと思うのが、面白くないんである。
 副委員長になって、委員長の方とアドレス交換した後、家に帰った。夕方だったけれど、遅い昼食をちょこっとだけかっこみ、事務所に行ってレッスンして、夕飯の買い物をして、下ごしらえをしたら7時からの生徒が来て、8時頃夕食作り。もう、へにゃへにゃです。絶対にPTA役員なんかできませんという人は、もっともっと忙しい生活を送っているんでしょうね?
 ちょっと(かなり)ぶ~ぶ~な日記で、スミマセン。
 来週は、小学校の懇談会。

PTAその1

 今日は中学校の授業参観と懇談会。といっても、8日の始業式にお知らせをいただいても、すでにレッスンはたてこんでいる(小学校のほうは、3学期に日程が出ていた上に、その変更も連絡網でまわっていた)。役員決めがあるので委任状を出したけれど、レッスンを寄せさせていただいて少しだけ時間が空いたので、懇談会の終わり15分に駆けつけた。
 今年の担任は、次男の部活の顧問の先生。厳しいので他の子たちはびびっていて「隣のクラスならよかったのに~」と嘆いたそうだが、次男は内心うっひっひと喜んでいる。その先生が「おい、お母さんは俺が担任だと知ってなんか言ってたか?」と尋ねてきたそうな。「最初は『嘘でしょ?』と言っていたけれど、本当だと知って『よかったね』と言いました。」と模範的な回答。
 遅れて教室に入ったら、「ああ、しおんさんにおたずねしましょう。」といきなり振られた。希望していた委員会(この中学では、全員のお母さんが委員会に所属して、その中で代表を決める)ではなく、外国人のお母さんたちが集まってしまったほうの委員会に移ってもらえないかとのこと。「そ、それは、代表の理事になるということですか?」と聞いたら、「いや、それはおいておいて、とりあえず移るのが可能かということです。」とおっしゃるが、結局理事になってもらえないかという意味だよな~。「先生、私は去年も一昨年もクジに負けて理事をやったんですが、今年もやらなくてはいけないでしょうか?」と聞いてしまいましたね。すると、「う~ん、まあ、うちの家内が続けて役員を受けたと聞いたら、何やってるんだ?と思いますね。」と、先生は意外とあっさりあきらめられた。この間、他のお母さんの前で、先生と私だけの会話。すると、後ろの席のお母さんが、「先生、私が理事になります。」と立候補してくださり、この件は一件落着。
 黒板を見たら、広報の二人もサッカー部のお母さん。「他の人は一切見ずに、まっすぐ見ながら頼むんだもの~」と嘆いていました。今年この学年に移られた先生なので、他のお母さんを知らなくて、知っている人を集中攻撃したんだなあ。結局、私も先生のおっしゃる委員会に移った。
 やれやれ。第一弾修了。

みやこ?

 うちの近所に「みやこ」という名前のスナックがある。末っ子がやっとひらがなを読めるようになったとき、通りすがりに「お母さん、『みやこ』ってなに?」と尋ねてきた。「『みやこ』っていうのは、都会でね、お店がたくさんあって、人がいっぱいいて・・・」と説明し始めて、「でも、『みやこ』って、人の名前では?」と思い至った。どうもこの店のは、本当にママの名前らしい。
 しかし、最近思うのだが、小さい子たちは「都」だって知らないのではないか?「みやこ」なんて、お殿様の出てくる昔話くらいでしか接する機会のないことばである。そう考えれば「住めば都」という言い方だって、子どもたちにはピンとこないだろう。「都」という漢字は「東京都」や「京都」の「都」だが、別の読み方の「みやこ」って何なのさ?と思っているかも。
 「都」を「都会」と置き換えて、さらに「東京」とか「原宿」と言い換えたら、少しはニュアンスが伝わるだろうか?考えてみれば、「都」だけでなく、私くらいの年代なら当たり前のことばでも、今の子たちには「???」なことばがたくさんある。ことばだけでなく、花や魚の名前なども、昔なら常識だったものも通じにくくなっているように思う。
 まあ、子どもや若い人たちの頭の中は、私たちが聞いてもちんぷんかんぷんなコンピューター用語やゲームのマニュアルでいっぱいで、自分たちの生活に関係ないことばを吸収する余力がないのかもしれない。でも、やはり、日本語として、そのくらいのことばやものの名前は知っていてもらいたいなあ、と思う。

先生への応対

 四月から小学校3年生になった生徒は、びっくりするほど練習してくる。練習が好きなんだって(それを聞いた4年生の女の子は「あっちょんぶりけ」になっていた。「あっちょんぶりけ」ってわかる?)。
 でも、今日は少々背中が丸くていかにもぐったりしていたので、「疲れてる?」と聞いた。そしたら「疲れていません。」と答える。でも、変だねえ、といぶかしがったら、「お母さんが・・・」と話し出した。「先生が『疲れた?』と聞いたら、『疲れていません。』と答えなさい。」という指導が入っているそうで。本当は「体育でリレーをやって、新一年生が見学していたから一生懸命走ったし、疲れちゃった。」んだそうです。
 ふだん、「疲れちゃった?」というときは、たいがい、指を早く動かしたら(ハノンとか)くたびれたかどうかを聞いているので、正直に答えてほしいなあ。お母さんは、いかにもへにゃ~っとしていると先生に失礼と思っていらっしゃったのだろうが、疲れたときは疲れた、と答えていいんですよ。小学生は。ばったり寝こけてしまっても(そういう子も、たまにいる)全くOKですからね。

金婚式

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 朝、茨城に泊まっていたダンナも合流し、妹の家族もやってきた。今日は、おじじとおばばの結婚記念日だったのである。ちょうど50年。土浦市内の日本料理屋さんを予約してあったので、送迎バスが来てくれた。みんなでおいしいご飯を囲んで、金婚式を祝った。お店のほうで金婚式おめでとうのポスターを作り、記念写真も撮ってくださった。いろんなところで気持ちのいい対応に大満足。
 短い時間だったけれど、楽しく過ごせたと思う。満開の桜の下、うれしいお祝いでした。

 あ、日記を見ていたリコーダー同好会の方から、立派なレンコンを頂戴した(茨城ですから)。おばばもおみやげに持たせてくれた。ラッキー。

春を食べる

 今日、長男と末っ子と私が、ダンナに送ってもらっておばばんちに行った。ダンナはそのまま茨城のリコーダー同好会の指導へ。娘と次男は学校や部活が終わってからそれぞれ電車でやって来た。
 午後、散歩がてらツクシを取りに行った。おばばんちのマンションは広い公園や貯水池に面した外れにある。目の前には家も広い道路もない。今の季節だと、隣の公園の桜が満開。うぐいすの鳴き声が聞こえる。080406_0900~01
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あちこちに咲く野の花を見ながら末っ子とツクシを摘み、帰ってから1本ずつハカマを取って茹でた。今日はツクシのおひたし。自宅のタラの芽を摘んできていたので(ちょっとだけれど)、これは天ぷらに。春のご飯です。

バター

 TVのニュースで、余剰牛乳が激減したせいでバターを作る材料が足りなくなり、バターが品薄だと言っていた。うちはだいじょうぶかと冷蔵庫を確認したら、未開封のバターが5箱。どこかのスーパーで「6箱も入荷すればいいほう」と話していたが、同じくらいではないか。しばらく前スーパーの特売で見かけて、いくつも買っておいたのである。ホワイトデーやらでたくさん使うかなあ、と思って。ダンナに「昨日買ったじゃないか。」と言われながらもかごに入れたんだものね。
 パンに塗るより料理に使うほうが多い我が家。風味はマーガリンでは代用できないが、しばらく安心である。

お母さん

 お母さんに絞殺された男の子。うちの末っ子と同い年である。その子の書いた「おかあさん」という詩。お母さんに対する全幅の信頼と愛情を、余すところなく表現したこの男の子を、なぜ殺さなくてはならなかったのか。なぜまわりの人が助けてやれなかったのか。やりきれない事件である。
プロフィール

しおん

  • Author:しおん
  • 4人の子どものうち、1人は結婚し孫もできました。まだまだ子育ては続きますが、日々格闘しながら、ピアノと向かう毎日。大好きな本のこと、ベランダの緑、趣味の手芸もご報告していこうと思っています。
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