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文房具を送る

 被災地では避難所生活での不便、救援物資の遅配など大変なようだが、子どものいる親として考えるに、そろそろ新年度の学校のことが問題になってくるころである。ランドセルも何もかも学校において避難したり、家ごと津波にさらわれてしまった子どもたちが、日本の他の地域の子どもと同じとまではいかなくても、なんとしても新学期を迎えられるようにしてあげたいと思う。いろいろ探していて、こんなサイトを見つけた。大々的に支援物資を集めているところは、衣類・おむつ・水などが優先で、このような細かいニーズに取りかかるのはまだ少し先かなと思ったので、今回はこちらに送ることにした→いらなくなった文房具品を被災にあった子供たちに譲ってください
 たまたま、12日のコンサートに出演する男の子たちにごほうびとしてあげようと思っていたちょっとした文房具(コンサートが中止になったから)、末っ子が中学生になるけれど余っていた鉛筆や赤鉛筆、そして末っ子の筆箱などを送ることにした。といっても、ほんの少しだけれど。
 末っ子は、少年ソフトボールの卒団でいただいた筆箱を出すと言った。彼は、今月のお小遣い500円も全額小学校で寄付した(他の子も、けっこうがんばった金額を出したらしい)。本人が東北の誰かに手紙を書いた。「こんにちは。この筆箱は、ソフトボールの卒団式のときにもらったものです。中学校に行ったら使おうと思っていたけれど、いま使える筆箱があるので送ります。勉強がんばってね。」

 昨日のサッカーのチャリティー試合、カズのゴールに感動したけれど、市井の一人一人もそれぞれのできることを手伝おうと思っている。本当にたくさんの人が、思いをかたちにしようとしている。いつか、あんなこともあったねえ、と話せるようになるといいね。
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金八先生

 私はもちろん「3年B組金八先生」の第1シリーズを見た世代なので(その後のはほとんど見ていないのだが)、今日の大団円を見てみようという気になった。まばらには見た部分もあったのだが、ほとんどは知らない。だが、金八先生の卒業式に出ている人たちを見てやはりいろいろ感じるところがあった。
 中学生もしくはその辺りの年齢の子どもとして画面に登場した人たちがそれぞれの人生を歩んでいったのだなあと、しみじみ思った。金八先生に名前を呼ばれて立ち上がる卒業生たち。もちろんこのドラマを足がかりに今も活躍する人たちもいるが、おそらくはこのあと少々仕事をしたか、全く鳴かず飛ばずで芸能界を去った人も多いのだと思う。「金八先生、私、ちゃんとお母さんになったよ!」というのがドラマの台詞なのか、ご本人の近況なのか、見ている私たちからはもはや読み取れない。虚構と現実とが入り交じって、そのとき確かに生きている中学生を演じていた人たちの等身大のドラマが想像されて、少々切ない気持ちになった。

 ところで、タンク作りの「加藤組」で少年院出の子どもの面倒を見ている加藤さんを演じた方、現在実際に建築業を営んでいらして、俳優ではないそうである。ものすごくいい味が出ていて、感動しました。

アクアマリンふくしま

 昨年、末っ子と彼の友だちを連れて、いわき市のアクアマリンふくしまに行った。広くてゆったりした館内でいろんな魚を見た。敷地はそのまま海にもつながっていて、磯辺の生物を観察できるようになっていた。とても楽しい水族館だった。
 そのアクアマリンふくしまが地震でどうなったのか、関東では何にも伝わってこない。みんなそれどころではないしね。でも、海獣は鴨川シーワールドなどに運んだというのは何となく知っていて、夕方そのことをTVニュースで見た。そして、ネットでニュースを見つけた。やはり、全滅なのね。
 地震直後、アクアマリンふくしまのホームページを見たら地震後の更新はなく通常の開館の案内だった。ということは、相当まずいことになっているのだろうと予想していた。それにしても20万匹の魚が全滅するとは。
 いわき市は原発事故で物資を届ける車も尻込みし、たいへんな状況だと聞く。今はみんな魚どころではないだろうが、いつかまた、あの生き物たちに会えますように。
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卒業式

 今日は末っ子の卒業式。朝からまたもや地震があったが、天気もよく、式はつつがなく行われた。
 昨今の流行とは全く違う、すごくオーソドックスな卒業式で、卒業生全員での呼びかけ(?)もなかったし、歌だって、国家、市民歌(?!)、あおげば尊し、校歌のみ。「旅立ちの日に」などは児童謝恩会で先生方の前で歌ったらしい。答辞を読むクラスメートの立派さに、ただただ感動。同じ年の友だちとは思えません。体育館が一気に「そつぎょうしき~」という雰囲気になって、うるうるした。
 夜は、末っ子が前から希望していた通り、寿司屋でご飯を食べた。同級生の家族も来ていてびっくり。「考えることは同じよ!」とそのお母さんに言われてしまった。
 末っ子の卒業式は、私の卒業式でもあり、16年間通った(?)小学校をめでたく修了した。私より長かった人って、前PTA会長くらいだと思う(6人のお子さんをお持ちである)。図書ボランティアも代表は外れて、めでたく「ひら」になった。これからも、のんびりお手伝いはするつもりだけれど。
 大きくなっても末っ子でいつまでも兄弟からいじられているけれど、ずいぶん大きくなったなあ。次男と同じく、学区外の中学校を選んだので、4月からはちょっと遠くまで歩く毎日になる。元気で通えますように。

募金~レッドボルテージ

 雨が降って、次男の部活の練習試合は中止になったが、学校で練習だからと朝から出かけて行った。昼過ぎに帰ってきたのだが、他にすることもないので末っ子とダンナと4人で浦和にラーメンを食べに行った。行きつけは、八頭龍(おろち)浦和店、浦和レッズの公式ショップ「レッドボルテージ」の向かいである。余談だけれど、この店の八頭龍ラーメンと八頭龍そばは超おすすめ。
 ラーメンを食べて帰ろうとしたら、次男が「あれ、やってるから、募金してくるわ。」と言う。黒いベンチコートを着た選手たちが、募金を呼びかけていた。出口の一番外にいたのは原口元気選手。店内一番奥に募金のコーナーがあり、募金箱のうしろにいる選手たちとまず握手。そのまま出口に進んで、そこの選手たちとも握手、というイベントになっていた。あいにくの天気だったからそれほど混んでもおらず、次男と末っ子がいろんな選手と握手しながら出てきた。末っ子はともかく、部活のウインドブレーカーを着た次男は自分の格好が恥ずかしかったらしいが、まあそれなりにうれしそうだった。
 昨日の募金では、2時間で120万円以上集まったそうで、やはり、レッズの街である。

 駅前で募金を呼びかけるいろんな団体を毎日のように見かけるが、考えたくないけれど「義援金詐欺」みたいなものもあるし、「募金は、学校などしっかりした場所でしよう。」と子どもたちにも伝えている。そんなことを気をつけなければいけないなんて、哀しいことだ。

 長男は・・・ベッドに沈没している間にボランティア登録できる時間は過ぎてしまって、今日はなしです。明日からはバイトだし。

さいたまスーパーアリーナ

 昨日、福島県双葉町の人たちが埼玉県のスーパーアリーナに避難して来た。ニュースで見て、長男が「明日行ってみようかな。」と言った。フリーターだから時間の融通はきくし宮城県にボランティアに行きたいと言っていたのだが、まだ受け入れられる状況ではないと聞いていて様子をみていたのである。スーパーアリーナなら電車ですぐだし、朝イチで登録しに行こうと言い出した。
 朝7時前に自分で起き出してきて、朝ご飯を食べて、おにぎりを持って出かけた。ネットで見たら、昼前にはボランティアは定員に達して登録を打ち切ったそうである。物資も人材も、あふれかえっていたそうな。
 資格も免許もない若者は力仕事専門だったそうで、ただただ荷物を運んだらしい。午後2時過ぎには「もういいよ」と言われて解放されたそうだ。
 そこで帰るはずが、双葉町から来ている若い人に「あなたはおたくですか?」と問いかけられた。「そういうのって、見てわかるんだよな。」と喜んでいる場合ではないのだが、長男は「そうです。」と答えた。「この近所にゲーセンはありますか?」と聞かれ、大宮のゲームセンターに行ったのだそうだ。一緒にゲームをして、夕方帰ってきた。その人は「秋葉原って、ここから行けますか?」と聞いたそうで、「電車1本です。」と答えたら「明日行ってみようかな?」という話になったらしい。
 う~ん、楽しく過ごすお手伝いもボランティアだとすると、ヤツはそれなりに役立ったのかも。「本当は、子どもと遊んであげるのとかやりたいんだけれど、それは幼稚園教諭・保育士の資格や教員免許とかがないとやらせてもらえない。」そうで。「明日は、自分には下の兄弟が3人いて子どもには慣れてます、と、とりあえず言ってみようかな。」とのことである。
 でもどうして、美しいボランティアのはずが、一緒にゲーセンで、しかも相手をこてんこてんに負かしてしまう話になるの?

心遣いと思いやり

 テレビのCMが「AC」ばかりになってしまって、少々食傷気味である。同じことばかり流すくらいなら、その時間にできることがあるんじゃないかと思ったり。だからよけいにNHKを見ることになるんだな。
 で、少々ひっかかっているのが「心は見えないけれど、心遣いは見える。思いは見えないけれど、思いやりは誰にでも見える。」という例のCMである。
 そりゃ見えるかたちの心遣いや思いやりはあるかもしれないが、本当に心遣いや思いやりは見えないところにあるのではないかと、ずっと考えている。例えば、道行くおばあさんに手を貸すのは目に見えやすいが、体が不自由でも自分の力で歩いている人の20m先の障害物となっている自転車をさりげなくよけるとか、目の見えない人が信号をわたるところをつつがなくわたれるか最後まで見守るとか。うまく言えないんだけれど、世の中をスムーズにまわして行く潤滑油のような気配りは見えないけれど、そういう気遣いをしている人が必ずいるんじゃないかと思う。
 要は、見えるかたちの「心遣い」や「思いやり」がいけないというのではなく、違うかたちの深いところの「心遣い」や「思いやり」もあるよ、ということ。

とうとう停電

 気温も下がったし電力消費量が増えているから、今日こそは停電がくるぞ~と脅かされていた。隣接する市の生徒さんから、「毎日、きちきちと2時間停電で、ランタン生活です。」と聞いて驚いたが、うちでは今日が初体験だった。6時20分からの第4グループだったが、レッスンの後あわててカレーとアジの刺身、酢の物を作った。7時過ぎ、カレーのルーを溶かしているとき、ぷつっとやってきた。
 真っ暗になって困るかと思ったが、運よく月夜だったのでさほど困らなかった。我が家はすべての部屋に窓があるので(トイレも風呂も)、寒さは厳しいがこういうときに助かる。食卓に懐中電灯一つで十分にやり過ごせた。途中から、そうだそうだと直径7センチくらいのどっしりしたろうそくを持ち出した。以前高校のバザーで、売れ残っているのを(役員だからと)50円で押し売りされたものである。点けてみたら具合がいいではないか。何度も処分しようと思ったが、こんなところで役に立つとは!
 末っ子とダンナは7時半からの「NARUTO」を携帯電話で見ていた。暗くても覚えている曲は弾けるもん、とピアノを弾いてみたり。編み物だってできそうである。やらなかったけれど。ついうつらうつらしている間に、停電は終わっていたのだった。

 これくらいの我慢なら全然平気だから、早く、被災地のみなさんも心地よく過ごせるようになりますように。

不要不急

 ガソリンには長蛇の列、スーパーの棚からは水・米・パン・卵・牛乳・トイレットペーパーがなくなっている。今、被災地で一番必要な物を我先に買い占める都会人は、いったい何を考えているのか。かたや野菜や肉、魚は余っている。何も都市部で避難所生活を再現したいわけでもなかろうに。日本テレビの「スッキリ」で、テリー伊藤さんが「その人の品格が現れている」と言った。まことにその通りだと思う。
 一方、被災地で避難所生活を送っている人たちは、ろくな食事もない状態でも静かにただひたすら耐え忍んでいる。自分よりさらに悲惨な状況の人たちに対する思いやりさえある。暴動も混乱も起こさずにベストを尽くす姿勢は、一部の外国では考えられないことである。

 「不要不急なものは控えて」と呼びかけられている。ある意味、芸術やスポーツも不要不急なものである。実際、地震のあと、コンサートやマラソン大会、いろんなイベントが中止になっている。そんなものがなくてもおなかはすかないし、経済が停滞するわけでもない。「こんな時に」と中止にする気持ちもわかる。でも、がんばっている姿、スーパープレイ、美しい音楽、さまざまな感動は、必ず人々を慰め、元気づけ、明日に向かう希望を与えるはずである。人々がくたびれて、へこたれそうになったとき、力づけてくれるものだと思う。それは役に立つ「不要不急」である。
 しかし、我先にほしいものを買いあさる「不要不急」は哀しいものでしかない。被災地の人たちのがんばる姿は日本人の誇りだけれど、都会の買いあさりは醜さの象徴である。

引き続き

 輪番停電ということで、我が家がどのグループなのかさっぱりわからなかったのだが、昨夜知人がメールで「私たちはグループ4ですよ。」と教えてくれた。今日は13時50分から17時30分まで停電の予定だった。

 午前中は小学校の図書ボランティアに行った。図書室がどうなったか心配だったし、年度の終わりでまとめの会の予定だった。たいへんな中、たくさんのお母さんがいらしてくださった。図書室は大過なく、すでに先生が散らかった本を片付けてくださっていた。
 
 お昼に帰って急いで昼食を作り、そのあと2時からレッスンの予定だったので、スーパーに寄ってから事務所に行こうとした。スーパーは13時半から営業停止の予定だったが「もう、レジがいっぱいで間に合わないから」と13時半より早かったけれど入れてもらえなかった。
 停電になると私のレッスン室は真っ暗なので、ダンナの部屋を急いで片付けた。アップライトだけれどピアノがあるから。地震で散らかったものも片付けた。でも、結局余震もあるし、停電もわからない状態でやってきた生徒は6人中2人だけだった。停電しなかったので、生徒が来るまで自分の部屋で練習して、自分の部屋でレッスンした。

 夕方再度開くスーパーに出かけ、卵と牛乳を買った。卵はたまたまきらしてしまったので(昨日、野郎どもがクッキーを焼いていた)。店内を見て、そうか、みんなはパンと米を買いたいのか、と納得した。もちろん卵と牛乳も手に入りにくいけれど。我が家は、米は運よく30キロをネット購入したばかり。1ヶ月余りは保つはずである。パンも、小麦粉を買い込んでいるから、ホームベーカリーを使えばしばらくは困らない。乾麺もカップ麺もけっこうあるし、とりあえずは安心である。

 小学校では、今日の給食は牛乳と赤飯、コンニャクの煮物(!)だけだった。食材が入らないのだそうだ。明日からは弁当持参である。

 実はウチで飼っているネコ、金曜からほとんどエサも食べないし、少しでも余震があると誰かのベッドに潜り込み、ひたすらビビっている。昨日は少しもどしたりしていたので、病院に連れて行った。ネコは犬より繊細だし、ストレスに弱いということで、とりあえず精神安定剤を処方していただいた。ついでに、おいしいエサなら食べるのではということで、いつもは絶対に与えない缶詰のキャットフードを用意した。薬のせいだか何だか、缶詰の高級(?)キャットフードは食べた。相変わらず、布団に潜り込んでいるけれど。

 ひとつだけ、よかったこと。昨日書いた生徒のお母さんからメールが来て、連絡が取れなかったお父さんとお母さんのそれぞれご両親、海の近くに住んでいた弟さん夫婦・ご友人たちと連絡がとれたそうだ。みんな無事でしたって。ばんざい!本当に、本当によかった。きっと眠れない日が続いていたことと思う。まだまだたいへんな日は続くだろうが、元気なら絶対に乗り越えられると思う。どうぞがんばってください。
 

地震 その3

 ピアノの部屋の本棚は壊滅状態。買い替えないとだめそうである。ついでに、よく見ると、グランドピアノが動いていた。110313_1723~01

 買い物に出て、水やパン、レトルト食品の売り切れにびっくりしたけれど、うちは特別なものは買わなかった。切れそうになっていた灯油を購入できてラッキー。ガソリンはどこも売り切れである。夕方来た宅配便のおじさんが、後二日くらいはガソリンが持つけれど、そのあとどうしよう、と嘆いていた。うちは、レッスン時間帯の計画停電にどう対処しよう?

 宮城のおばあさんと連絡の取れない生徒さんもいる。早く元気な声を聞けますように。

地震 その2

 テレビはず~っと地震のニュースである。被害がどんどん広がって、痛ましい限り。
 次男と友だちは弁当を持って7時半くらいに家を出た。やはり高校の卒業式はあったし、そのあとの部活も普通にあった。なかなかな人々である。
 私は関わらない演目だが、会社で受けている明日のコンサートも中止になった。というか、コンサートを含むイベントそのものが中止になった。このイベントは「絵本フェア」で、たまたま私の妹も一角のブースを徹夜で準備していた。全然気付かなかったが、同じイベントにかかわっていたらしい。中止になって、やむを得ないとはいえ残念なことだ。
 さて、私も明日はソルフェージュ6年生の修了式を予定していたが、延期した。また明日レッスンにくるはずだった生徒の家は(茨城県笠間市)、今も電気と水道が使えないらしい。携帯電話も全くつながらない。最寄りの電車は今も不通とのことで、もちろんレッスンはお休みになった。

 我が家では、もうじたばたしても仕方ないと、午前中は末っ子とダンナと3人で近所の温泉に行った。すごく空いていた。いつもは人気で混雑している炭酸風呂も貸し切り状態で、あとからきたおばさんもびっくりしていた。
 近所のショッピングモールも本日休業。交通整理のおじさんだけが、入って行こうとする車をさばいていた。
 うちのマンションのエレベーターは、午後になってやっと回復した。ずいぶん運動させてもらった。

 末っ子は、午後から友だちと遊びに行った。小学校の校庭で遊び、校内に置いて来たコートと家の鍵を持ち帰った。それなのに、ランドセルはそのままに。「だって、持って帰ったら宿題しないといけなくなるから。」との弁。しかも、運動靴を忘れて、未だに上履きで歩き回っている。やれやれ。

 半分笑い話のような地震話をしていられるのは大過なくすんだからで、大きな被害を受けた地域はひたすら祈るしかない状況だと思う。本当に、少しでも被害が少なくなりますように、行方不明の人でも「この人、いましたあ!」と言えますように。

地震

 今日は明日のコンサートのリハーサルが7時からの予定で、その前にレッスンする用意をしていたとき、地震が来た。最初は平気かと思ったが、だんだん揺れがひどくなって、一緒にいた長男が玄関や窓を開けた。二人でダイニングテーブルにもぐって、治まるのを待った。本棚が倒れ、戸棚の食器がガシャーンと落ち、その上に電子レンジや炊飯器が転げ落ちた。マンションの警報機が「11階から火災が発生しました。避難してください」と喚き立てている。
うちは12階だから、本当ならたいへんである。とにかく大事なものを持って、階段を降りた。
 幸い火災は誤報だったが、余震がひどいし、家の中は足の踏み場もない状態。こなごなの食器の上に落ちたサラダ油のボトルから油が足れ流れているし、冷蔵庫も扉が開いて中のものが飛び出し、キムチとかが飛び散っている。

 長男が小学校まで歩いて行き、末っ子を引き取ってくれた。引き取り者のリストに長男を登録していなかったので、少々もめたそうである。末っ子たちは音楽室で地震に遭い、(机がないので)椅子の下に隠れた後、半袖短パンの体操着上履きのまま校庭で待っていた。長男がコートを貸してやって帰って来た。低学年の子たちはわんわん泣いていたそうである。高学年でも泣く子がいたらしいが、当たり前かも。
 次男は自転車で帰って来た。電車が動かないので家に帰れない友だちを一人連れて来た。その友だちも、我が家の惨状を見て、息を呑んだ。全く、川口の中で激しく被災した数少ない家だと思う。

 コンサートは、茨城県の小美玉市だったので(天井が落ちた茨城空港があるところである)、中止になった。会館も停電の中混乱状態だった。100人のリコーダーが大合奏する予定のコンサートで、みんなが一生懸命に準備していたのに、本当に残念なことになった。

 次男の友だちと家族とで夕飯を食べに行き(調理できる状態ではない)、そのあと家に帰ってぼちぼち片付けた。ピアノの部屋の壊れた本棚はどうしようもない。ゴミ袋何杯分もの割れ物を詰め込んだ。
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これは、3分の2くらい片付けた状態の台所。そうだそうだ、と長男が写メした。そんなどころではなかった。子ども部屋も、本棚が倒れ、タンスの上の引き出しなどが落ちて、奥のベッドまで行けない状態である。
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 地震の後行方不明だったネコは、夜10時を過ぎてからやっと姿を現した。ベッドの後ろの隅で震えていた。

 次男の友人には、本が散乱したピアノ部屋で寝てもらった。明日は卒業式だそうで。幼稚園の卒園式は延期になったけれど、たぶん高校は決行するだろうな。
 地震のとき長男がいて、本当によかった。生きているうちでこんな地震はもう起きないことを祈るばかりである。
 ところで、長男の友だちによると、地震のときパチンコ店で遊んでいた人たち、当たっている人は揺れながらも打ち続けていたそうである。それもオソロしい話である。

 

春の色

 週に2度整骨院に通っているのだが、道すがら咲きこぼれている花に見とれる。
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ミモザである。三寒四温とはよく言ったもので、行きつ戻りつする季節に人間は振り回されているが、確実に春は近づいているんですね。
プロフィール

しおん

  • Author:しおん
  • 4人の子どものうち、1人は結婚し孫もできました。まだまだ子育ては続きますが、日々格闘しながら、ピアノと向かう毎日。大好きな本のこと、ベランダの緑、趣味の手芸もご報告していこうと思っています。
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