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お弁当

 次男の定期演奏会だったので、もちろんお弁当。市内の中学校では19日まで給食だったが、そのあと連続してお弁当である。まあ、今日が終われば当分お弁当から解放されるわけだし、ついでに長男の分まで作った。
 その長男が出かけてからふと見ると、末っ子のお弁当がない。あちこち探すがどこにもない。もしやと思って長男にメールしたら、「すまん、2個持ってきた」という。始めに自分の分をバッグに入れたのに、末っ子のを見て、「弁当、弁当」とこれまたバッグに入れてしまったらしい。
 あわてて残りの材料で3個めの弁当を作り、末っ子に持たせた。
 私も手伝いがあるし何かにと忙しいときに、がっついてお弁当を2個も持って行くなんて。
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吹奏楽部定期演奏会

 今日は、末っ子の部活動の定期演奏会。昼頃からお手伝いに行った。
 昨年は大震災の影響で急遽会場が体育館になり、ホール(でも、以前の場所ではなく、公民館)での開催は2年ぶりである。
 1年飛ばすと、受付や、案内の仕方とか、いろんなところの申し送りが怪しくなる。お手伝いのお母さんたちは一生懸命だけれど、てんてこまいになった。

 でも、コンサートは部員全員力を出し切って、がんばっていたと思う。どこの吹奏楽もそうだが、立ったり踊ったり、さまざまなパフォーマンスを加えて、イマドキの曲も多く、楽しいものとなっていた。

 ところで、当日のプログラム、キホン1年生は目立つところもないのだが、「部活で、一番変な人」という投票で、末っ子はみごと1位を獲得していた。得票数11、ちなみに2位は8票である。ついでに3位は5票が4人並んだ。これが数少ない男子に集中。でも、私は61人中、50人の人が末っ子を「一番変な人じゃない。」と思ってくれたなんて、すばらしいじゃない、と感動した。

 当の末っ子は、先日ひびが入った左肘のギブスを外して、がんばっていました。まあ、ギブスをしていても「フルートは左腕を90度に曲げるから、このままでも吹ける」と豪語していたんですけどね。

コメダ珈琲店

 神奈川の西の方で仕事だったので、朝早くからダンナと出かけた。
 渋滞もあるのでとりあえず現地まで行って、朝ご飯を食べようと8時過ぎに会館近くのコメダ珈琲店に寄った。朝なのに、満席。昼時のファミレスみたいに名前と人数を書く紙が置いてある。それほど時間がなかったのでテイクアウトを頼んだら、「少し時間がかかりますがいいですか?」とのこと。いいですと答えて、順番待ちの人用の椅子で店内にあった新聞を読んで待った。いやはや、本当に待った、待った~
 待っている間も「注文した品物がまだ来ない」だの「頼んだグラタンは2つなのに1つしか来ない。」だの、あげくの果てに「注文してから待たされ続けたから、もう帰る!」だの(こういう人は何人もいた)、店内はてんやわんやである。店員の4人はフル回転。帰る人を見ていたら、朝なのに5人で3500円、とかけっこうな金額を支払っている。ゴージャスな朝ご飯である、
 結局30分以上かかって、普通のコーヒーとミックスサンドを手にした。サンドイッチも注文を受けてから作るからもちろんおいしかったけれど、あの土曜の朝の時間帯をうまく回すようにしないと、離れて行く人もいるでしょうね。
 
 コンサートのほうは、暖かいお客様に恵まれ、たいへん楽しい雰囲気になった。帰りは静岡のほうに移動するダンナたちと別れて、電車でのんびり帰りました。

選手宣誓

 選抜高校野球の開会式。石巻工業高校の阿部翔人主将の選手宣誓は本当に見事なものだったと思う。
 部員の思いや言葉をまとめてみんなで作ったものだというが、暗記で落ち着いて宣誓する姿も立派だった。

「東日本大震災から1年、日本は復興の真っ最中です。
被災をされた方々の中には、苦しくて、心の整理がつかず、今も当時のことや、亡くなられた方を忘れられず、悲しみにくれている方がたくさんいます。
人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです。

   (中略)

我々、高校球児ができること、それは、全力で戦いぬき、最後まであきらめないことです。
今、野球ができることに感謝し、全身全霊で、正々堂々とプレーすることを誓います。」


 私は「だからこそ日本中に届けます。・・・」というくだりよりも、被災した方々の心情を「答えのない悲しみ」と表現したのに感心した。人が「答えのない悲しみ」を乗り越えるのには、果てしない時間がかかるに違いない。自身も被災したからこそ発せられた言葉なのだと思う。 
 加えて、震災に限らず、「答えのない悲しみ」は、無差別殺人・交通事故・足場の転倒など、思いがけないできごとで大切な家族を失った人たちにとっても起こりうるものである。

 理不尽な不幸、不運に遭遇してしまった人たちを慰め勇気づける力、確かに若者があきらめずがんばる姿にはそれがある。
 残念ながら石巻工業高校は1回戦で善戦するも敗退した。でも、そのがんばる姿に多くの人たちが感動したことと思う。

へんなかっこう

 マーキングがひどくなって、先週木曜日に去勢手術を済ませたネコ、もともとトイレのふちに手を置いて排泄するのだが、今日はこの通り。

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 ほぼ直立状態である。
 兄弟2匹とも、こんな感じ。



 変なネコ・・・

壊れている

 実は昨夜、公文から帰る途中に自転車で転倒した末っ子が左肘が痛いと言って、尋常ならぬ雰囲気に夜間診療してくれる病院を探し、既に飲酒していたダンナは無理なので知り合いに送迎をお願いし、某大学病院に連れて行った。病院に着いたのが11時頃、ERの隙間に診ていただいて帰宅したのが朝の6時である。幸い大きな骨折ではなさそうだが、固定されて三角巾で吊った状態になった。ほぼ2週間後に吹奏楽部の定期演奏会と自分の発表会があるというのに。

 6時から少々雑用をすませ少し仮眠して8時過ぎに起きた。9時からソルフェージュの授業。3クラスの生徒さんたちが元気にやってきた。
 レッスン室の時計が何故か変で、子どもたちは一斉につっこんできた。
 
       120317_1135~01

 たまにリセットがかかって1月1日になってしまうことはあるのだが、これはダメでしょう。各自、本当なら何日なのか(1月19日?)真剣に計算しちゃいました。
 だいじょうぶか、電波時計。

 午後からは新しい生徒さんの面談があった。4才の本当にかわいいお嬢さんである。

 夜は6月にリサイタルでお手合わせいただくヴァイオリンの方のコンサート。私はとっても苦手なブラームスのソナタ、今日は3楽章だけ演奏した。いろいろな課題も感じたけれど、これから6月までがんばろう。

 帰宅したのは11時半。怒濤のような土曜日だった。

卒業証書

 卒業式はまあ晴れがましいし、よくぞここまで育ってくれてと、それなりに感慨深いのだが、そのあと子どもが持ち帰る卒業証書に対して、それほどの感動もこだわりも持ったことはなかった。よかったね、どこにしまっておこうかと思うくらいで。自分の卒業証書も、どこにしまってあるかわからない。
 
 今日は、娘の高校の卒業式。ご主人が仕事だったので孫を預かって、私は留守番部隊になった。娘は一人で出かけて行った。
 娘の高校(定時制)では、すべての卒業生が壇上に上がり、校長先生から卒業証書をいただいたのだそうだ(普通の全日制高校だと、代表者が受け取るだけ、というところが多い)。卒業式のあと友だちとご飯を食べて帰ってきた娘は、卒業証書を見せてくれた。
 
 私は、卒業証書というものが、こんなにも嬉しいものだと思ったことはなかった。

 娘が3年生の2学期に高校をドロップアウトしたとき、世間並みに「あと少しなのに」と言う私の言葉に対して、娘は聞く耳を持たなかった。高校なんか卒業しなくてやっていけると豪語した。少し落ち着いて働きたいと思ったときにも、悪びれずに「中卒ですけど」と申告する娘はすんなり居酒屋のバイトに入れて、フリーターとしてはそこそこに働くことができた。高校を辞めて困った、と思ってはいなかったと思う。
 1年近く経ってから、「やっぱり高校は卒業したい。」と言い出した。いろいろ調べて今の高校に入ろうと決めて、昨年の3月に編入試験を受けた。編入のためには前に通っていた高校の在学証明書(ついでに成績も)が必要である。高校に行くと言ったとはいえ、それを取りに行くのも、願書を出すのもやっとこさっとこで、たいへんひやひやした。
 ただ、同じ高校には通信制もあったが、「ちゃんと通って授業を受けて卒業したい。」という気持ちは正しかったのではと思う。最初から通信で何とかなると思ったら、安きに流れる危険も増したのではないか。

 卒業式のあと、担任の先生は「今度声をかけてくれたら、みんなに焼き肉をごちそうする。」と娘たちに約束してくださったそうである。娘が結婚すると言っても子どもができると言っても動じない、ゆるそうに見えても、単位の危ない生徒のことで友だちである娘の携帯に電話してくるような、本当に暖かい先生だった。

 というわけで、卒業証書をいただけるということのヨロコビを再確認した私なのです。

鯛飯

 次男は予備校が始まる前にと、おばばんちに行ってしまったが、今日は鯛飯を作った。お赤飯にしようかと思ったのだが、こちらのほうが簡単だったので。
 鯛飯のレシピは「スッキリ」の「はるみキッチン」から。土鍋で作るとそのままテーブルに出せて便利。
 おかずは和風。タラの芽・ウド(葉っぱの部分)・カボチャの天ぷらに、お味噌汁。芹のおひたし。これだけじゃいくらなんでも、とフライパンで作ったローストビーフ。けっこう美味しくできた。
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 ついでに、朝のお弁当の残りの茄子の肉はさみ揚げ。
 次男の卒業に加え、娘も晴れて定時制の高校を卒業となった。明日が卒業式なので、子どもを預けがてら泊まりにきたのである。ささやかだけれど、おいわいのご飯。日曜日の夜、みんなでゆっくりご飯を食べました。

 

卒業式

 県立高校の合格発表から一夜明けたら、一斉に県立高校の卒業式である。昨年は、あの関東大震災の翌日、次男の高校は困難を乗り越えて卒業式を挙行したが、延期したところも多かった。

 今年は無事に卒業式が挙行された。あいにく、朝からまさかのぼたん雪。保護者の受付時間は9時から20分だったが、その頃に最寄りのバス停に着くバスは全くない(土曜日だから)。しかたない、浦和美園からタクシーかと思っていたら、ダンナが見かねて送ってくれた。ダンナは昼から仕事だったので、参列できなかった。

 実は私は自分の高校の卒業式は入試中で欠席した。長男の卒業式は1年以上前から決まっていたコンサートと重なって出られなかった。娘は卒業を控えた3年生の2学期に高校を退学した(でも、編入した県立の定時制高校を卒業できることになった。卒業式は12日である。私は留守番して子守りの予定)。
 なので、高校の卒業式というものは初体験だった。

 中学校までの卒業式と異なり、卒業生の入場もどことなくくだけている。でも、全体に晴れがましく嬉しいムードが漂っていて、気持ちのよいお式だった。保護者もいっしょに「旅立ちの日に」を歌いましたよ。最後の卒業生退場も、担任の先生に連れられてではなかった。担任の先生は体育館の一番後ろにいらして、退場するクラスごと、回れ右して、先生に向かって「○○先生、ありがとう!」とか、思い思いの呼びかけを叫んだ。「○○先生」ではなく、ニックネームを叫ぶクラスもあって、なかなか感動的でした。

 3年間、一緒に苦しい練習をがんばった仲間、クラスの友だち、多くの人に支えられ、楽しく幸せに過ごしてきたと思う。次男は浪人だが、ずっと付き合っていけそうな関係を築けて、本当によかったね。

合格発表

 今年の我が県では、県立高校の入試は1回ぽっきりだった。推薦入試も前期後期もなし。3月2日が5教科の試験で、5日が面接やら実技試験やら。
 今まで、音楽科の試験は推薦入試または前期入試の日程のみだったので、2月の前半に終わっていた。しかし、1本化したことで、音楽科の入試も3月に。私の生徒の一人も県立高校音楽科をピアノで受験した。彼女は滑り止めは普通高校。音楽科は県立1本に絞って準備していた。
 合格発表は今日。なかなか連絡がないのでどうしたかなあと思っていたら、ようやく「合格しました。」とのメールが届いた。ばんざい。本当によかった。すごくほっとしました。
 さっそく、ソルフェージュでお世話になった先生やら、肝試しのリハーサルでアドバイスをいただいた知り合いとも連絡を取り合って喜んだ。

 県立高校で3年間研鑽を積んだら、音楽大学受験が待っている。これはゴールではなくスタートである。まじめで一生懸命な生徒さん、これからも気を抜かずにがんばっていきましょう。

ひなまつり

 娘が嫁に行って、うちでは私が紅一点である。ずいぶん色あせた「紅」だが、一応紅一点。土曜日で時間に余裕のあるひな祭りなので、あり合わせだけれどちらし寿司と潮汁を作った。

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 エビとかでんぷとかはなしだけど、私の好きな干し椎茸はたくさん煮ました。錦糸卵(というには太過ぎ!)もたくさん作った。
 潮汁は、国産蛤のお値段にくじけて、半分を鯛のあらに変更してしまった。が、そのおかげでとても美味しくできましたよ。口うるさい野郎どもにも好評で。

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 おひな様も飾らなかったが、でも、和菓子屋さんの桜餅(うちの場合は「道明寺」が桜餅である。関西方面なもので)も購入し、ささやかなひなまつりってことで。

ケンミンショーで

 高知県須崎市の「鍋焼きラーメン」を取り上げていた。実は、昨年台風の最中高知県に上陸した際、須崎市に2泊した。で、その間、この「鍋焼きラーメン」を2回も食べた。

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 宿泊したホテルに入っている2軒の料理屋はどちらも美味しくて(しかも格安)、そのうちの1軒が「鍋焼きラーメン」を出していた。塩味、醤油味、味噌味があったと思う。塩味が断然おいしかった。県民ショーでも出ていたが、必ずたくあんがついていて、地元の人たちはみな白いご飯も一緒に注文していた。麺を煮込んだらぐだぐだになりそうだが、細くてもしっかりした麺を固ゆでにしているので、最後までしこしこだった。

 ついでに、須崎で泊まったホテルの横はパン屋さんで、朝の7時から開いていて、駐車場はいっぱい。みなさん休みの日も早起きで、朝ご飯のパンを買いに集まっていた。カフェテリアもあって、飲み物を頼めば、好きなパンを1個50円で3個まで食べることができた。2日ともここで朝食をとった。

 台風だったけれど楽しかった須崎、またいつか行きたいな。
プロフィール

しおん

  • Author:しおん
  • 4人の子どものうち、1人は結婚し孫もできました。まだまだ子育ては続きますが、日々格闘しながら、ピアノと向かう毎日。大好きな本のこと、ベランダの緑、趣味の手芸もご報告していこうと思っています。
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