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将来の夢

 末っ子の三者面談があった。簡単に言えば、どこの高校を受けるかというのを確認するだけなんだけれど、先生から末っ子にまず「君の将来の夢は?」というお言葉があった。
 幼稚園児だったら「○○レンジャー」とか「プリキュアになりたい」とか、「花屋さん」「ケーキ屋さん」「サッカー選手」「野球選手」とか、まあ夢いっぱいな答えが返ってくるだろうけれど、末っ子は(当然といおうか)ことばに詰まった。私も面食らった。例えば、先生は末っ子が「ケーキ屋さん」と答えたら、どのような高校選択や、進路について語ったのだろう?
 で、中学で吹奏楽部に所属し、高校でもできれば「強い」吹奏楽部に入りたいということで高校を選んでいる末っ子に対し、先生は「君は将来音楽の道に進みたいのかな?」と質問された。末っ子は「そういうわけではありません。」と答えたが、「そういう方向に進みたくないのか?」と聞かれ、「わかりません。」と返事した。でも、行きたくないわけではない、まだわからない、と答えたら、「もしかしたら、できたら音楽関係に進みたいということでいいね。」という話になった。私のほうが焦って「でも先生、この子は、専門に進みたいと覚悟を決めて練習しようとか、今そういう気持ちがあるわけではないです。」と言ったら、「お母さんは専門家として厳しいことを言うかもしれないけれど、とりあえず気持ちということです。」とおっしゃられた。
 
 でもさあ、例えば中学校でテニス部にいて充実していたから、高校でもテニス部に入りたいという生徒に「君はテニスプレーヤーになりたいんだね」とか「体育系の大学を受けたいか」とかいう話にはならないと思う。サッカーだって、高校に入ってサッカーをしたいと言ったからといって、「サッカー選手を目指す」ということにはならないよね。なんで、音楽はそういう話になるの?

 子どもに将来の夢、とか職業を聞くっていうのは、けっこう残酷なものだと思う。そのとき「ゴミ収集車に乗る人」や「マンションの管理人」とか「クレームの電話を受ける仕事」と答える子どもはいないよね。でも、世の中はいろんな職業の人がいて成り立っている。口当たりのいい、夢のある職業だけではない。そういう質問をする幼稚園の先生、学校の先生は子どもの「夢見る職業」ついているかもしれないが、大半の親はそういうわけではない。いやいや、子どもの夢に将来の夢を聞くと、必ず「サラリーマン」と書く子がいて、それを見てみんな笑うけれど(夢がないみたいに思って?)それだってずごく大切な仕事である。自営業でいろいろたいへんな(我が家のような)家の子どもは、働きさえすれば毎月ちゃんちゃんとお給料のもらえるサラリーマンに憧れるかもしれない。

 高校を卒業して建物の解体とかの仕事をしている教え子が、「本当は、スーツを着て会社に行く仕事がしたかったけど。」と打ち明けた。でも、彼はそのニッカボッカを着る仕事で奥さんと子どもを養っている。ちゃんとりっぱな社会人である。

 最近「汚れた作業着で、いつも頭を下げている父が嫌いだった。」という缶コーヒーのCMがあるが、ちょっと感動する。かっこいい、子どもが夢みる職業だけが仕事ではない。

 だから、幼稚園児はともかく、大きい子どもに「将来の夢」とか聞くのはやめようよ、と思うのである。夢を叶える子も入れば、思いもしなかった道に進む子もいる。「弁護士になりたい」「お医者さんになりたい」というのはかっこいいけれど、世の中全員がそういう職業で成り立つわけじゃないんだから。
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音楽に順位をつけること

 末っ子の中学校最後の合唱コンクールがやっと終わり、いよいよ受験も真剣な感じになってきた(いや、親の感じ、もとい希望だけれど)。

 毎年思うのだが、合唱コンクールの伴奏を引き受ける子、もちろん本当にピアノが上手な子もいるけれど、ぎりぎりでやっとこさっとこという子もいる。そもそも、あれだけの数の音をきちんと弾ける子ばかりではないだろう。それでも、クラスの中で必ず伴奏者を立てて何とかするというシステム、かなり無理がある気がする。

 私は、小さい生徒さんにも、楽譜に書いてあることはできる限り守って弾くようにと言っている。当たり前である。音の場所だけでなく、スラーのかかりかた、書かれている強弱、速度記号。全部まとめて、この曲を書いた人がそう弾いてほしいと思ったことだからね、と指導している。最初から楽譜を深く読み取ることはできなくても、少しずつ、自分の力で楽譜に書かれていること、その先の作曲者の想いを理解できるようにと願っている。
 でも、合唱コンクールの伴奏では、そこまで弾ける子のほうがまれである。そもそも書かれているリズムだってあやしい子もいる。クラスの代表として伴奏を弾く限り、できる限り「正しく」弾くべきだと思うが(全部の音を弾くことができなくても、想いを大切にはしてほしい)、そこまで言うと誰も弾けないのか、ナンなのか。無理くりクラスで伴奏者を立てるきまりは無謀ではないか。

 そして、そのクラスごとの合唱を学校内の審査員が評価するというシステム。審査員は音楽の先生以外は専門ではない人たちである。当然、楽譜と照らし合わせて、何ができて何ができなかったかはわからない。評価の基準は「何となくかっこよくて、がんばった感じ。」だけである。

 たとえば、数学のテストの採点を考えてほしい。数学の先生じゃない人が採点することになって、「答えは2546だけど、2545って書いてある。おしいねえ、とっても近いから1点マイナスで9点」とか、、証明問題の答を見て「ずいぶんがんばってきれいに書けたねえ。10点のところ9点。」とか、そういうのはあり得ないでしょ。国語の漢字のテストだって、ハネとかハライとか書き順だって、間違っていたらカタチが似ていても正解にはならない。

 が、音楽はそれでよし、よくがんばりました、という評価がつくらしい。しかも、専門外の人が評価するのも全くOKだと思われている。そうか、音楽はその程度の飾りなのか。
 しかし、それなら、何のために順位をつけるのか。座興ですか?

 長男のときから、毎年毎年12年。ギモンだらけの合唱コンクールが終わってほっとしたのは、実は私なのかもしれない(毎年家に帰ってから、がんばったのにだとか、評価がヘンとか、もめまくるから)。
 いや、伴奏を引き受けた生徒のお世話は、まだまだ続くだろうけれど。

鯛ご飯

 スーパーで鯛がお買い得だったので、鯛ご飯を作ることにした。切り身で食べるより何だか豪勢な感じがするかと思って。
 
 我が家では、はるみキッチンのレシピを使っている。簡単だし、失敗しない。

  タイめし&みそ汁

 レシピは2合だが、うちでは3合炊いた。

 おいしくできましたよ。


    tai.jpg

大学祭

 学生生活を満喫している次男の大学が学園祭だというので、出かけて行った。現役のとき、推薦入試の日に校門までついて行って以来、一度も足を踏み入れたことのない大学である。

 次男は所属サークルの展示に張り付いている当番だとかで、まずはそこに行った。模造紙に調べたことを綿々と書く、小学生の自由研究のような発表であるが、学園祭の前、学部の先輩がいらして、意地悪な質問を繰り返し、それなりにしこんでくださったらしい。他にも、骨標本を作る分担やら、あまりにもくそまじめな発表に、訪れる人は少ないものの、なかなか「お勉強しています」的な内容だった。

 学園祭と言っても大きな大学なので、今回訪れたのは「生物資源科学部」の文化祭である。でも、敷地も広いし(東京ドーム9個分?)5千人を超える学生を抱えたキャンパスなので、音楽大学の学祭とは比べものにならないくらい大掛かりだった。私の時代と大きく違うのは、ノンアルコールという部分である。

 敷地内のばら園を観賞し、農場にも行った。  

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 牛や馬や、ヤギ・羊の近くに行けて、餌やりもできる。また、小さい子どもはポニーに乗馬体験も。

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 餌やりも、乗馬も、観光地とは違って、無料である。とはいえ、都会から離れたキャンパス、地元の子どもや関係者ばかりで、のどかな光景だった。私は、羊の毛で作ったストラップを購入した。
 
 家族へのお土産には、構内で作ったウインナーとベーコン。人が並んでいて、人気の商品だった。

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 私がいつもスーパーで買っているのとはお値段も違ったけれど、本当に「やばい、おいしいね!」と子どもがぱくついたベーコンだった。薫製の香りがこうばしくて。なるほど、すごい行列ができるわけだわ、と納得した。
 他にも学生が作った野菜などもあったのだが、あまりにも立派で、長時間電車に乗る私が下げて帰るには無理があったのであきらめた。 
 
 大学構内にある博物館も堪能して、夕方のレッスンに間に合うように帰宅したのであった。
    
 
プロフィール

しおん

  • Author:しおん
  • 4人の子どものうち、1人は結婚し孫もできました。まだまだ子育ては続きますが、日々格闘しながら、ピアノと向かう毎日。大好きな本のこと、ベランダの緑、趣味の手芸もご報告していこうと思っています。
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