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ボランティアという考え方

 大地震から一ヶ月、そろそろ被災地でも人手が必要で、ボランティアの募集も多くなってきた。とにかくあのがれきを片付けて、津波に浸水した住宅を掃除して、次の一歩につなげるのが大切なんだと思う。
 しかし、現地までの交通手段はともかく、「宿泊先、食事を自分でまかなえる人」という条件って、どうなんだろう?と思う。旅館やホテルも被災して使えない場合もあるし、ボランティアに行くために毎日の宿泊料を払うのも現実的ではない。被災地に負担をかけさせないように、とは言っているが、ボランティアってそもそも何を差し出す行為なんだろう?
 旅費も宿泊費も、現地で食事を調達する手段もないけれど、でも体力はあるよ、がれきの処理を手伝えるよ、という人もたくさんいると思う。労力を無料で提供したいと思っているのである。例えば、ボランティアを運ぶバスを運行して(これは既にあるらしい)、宿泊は避難所の一区画(そろそろ別の場所に移った人や自宅に戻った人もいるから、少し余った場所ならあるのでは?)だって使えそうだし、働いてくれる人たちの食事くらいいかようにも捻出できそうではないか?
 義援金として寄付するお金の一部をボランティア調達資金として寄付して、そんな人たちの滞在費に充てる方法だってあるはずである。分配の方法にあれこれ悩んで使うに使えない義援金より、よほど現状で役立ちそうではないか。そもそもボランティアセンターなどという組織は、そんなコーディネイトをするのが仕事ではないのか?例えば、コンサートをでかすのにスポンサーを捜して(冠コンサートとか、いろいろあるでしょ)その援助で公演するのと同じように、お金をかき集めてそのお金でボランティアを呼べばいいのである。
 
 外国でのボランティアは、必ずしも無償でもない。頭の下がる活動をしている自衛隊の人たちだってお給料はもらっている。何とか手助けしたいと思っている人たちだけが自腹を切って現地に行って、テント生活や車に寝泊まりをしないなら来なくてよろしい、と門前払いされるのは腑に落ちない。そんなことを言っている場合じゃないと思うのだが。
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しおん

  • Author:しおん
  • 4人の子どものうち、1人は結婚し孫もできました。まだまだ子育ては続きますが、日々格闘しながら、ピアノと向かう毎日。大好きな本のこと、ベランダの緑、趣味の手芸もご報告していこうと思っています。
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