スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

最後のリサイタル

 短大に勤めていたときにお世話になったピアノの先生が、引退のリサイタルをなさるという。既に80歳を超えていらっしゃるし、そうか、、、と感慨深く思いながら楽しみにしていた。
 今日はあいにくの雨だったが、大宮駅の構内でちょこちょこっとお買い物をして、特急に乗った。高崎で降りて、タクシーに乗る。「高崎文化会館へ」と言ったら、「何のコンサートだね?」と運転手さんに聞かれた。「ピアノです。」と答えたら、「中村紘子かい?」ですって。「違います。」と言ったら、「ブーニンかね?」ときた。「いえ、群響の創設期に力を尽くされて、『ここに泉あり』のモデルにもなった方です。」と説明した。「そういえば、片手が動かなくなったピアニストって、いるよねえ。」「舘野泉さん?」「そうそう」なんて会話をしたので、「音楽がお好きなんですか?」とこちらから尋ねたら、「いやあ、おれは、音楽ってっても演歌が好きだねえ。」ときましたね。でも、演歌の好きな運転手さんでも、中村紘子やブーニンを知ってるというのは、すごいことじゃない?
 
 さて、リサイタル。先生の演奏は前回よりもよかったのではと思う。慈しむように音を重ねていく。さすがにご高齢だし、ほころびやつまずきはたくさんあったけれど、音楽の流れは止まらない。先生の心の中で紡ぎ出されている音楽は、聞いている私たちに確実に伝わってくる感じ。だから、ミスがあっても安心して聞いていられる気がした。それに、リサイタルにありがちな、挑みかかるような、攻撃的な雰囲気もない。ひたすら安らかな演奏。
 演奏だけを生業として過ごしてきたピアニストですら、80歳を過ぎたら手元が怪しくなる。もっと早く引退する人も多いし、名手と言われた人だって「壊れた骨董品」などと手厳しい評価を受けることも。先生は60年余音楽と関わっていらしたが、演奏だけに没頭できたわけではない。演奏活動と後進の指導に加え雑用も多く、また家庭人としても人並み以上にこなしていらした。何かにつけて手作りのお菓子を持参なさって「一休みしましょう」とすすめてくださったり、頭の下がる気配りも欠かさなかった。そんな先生が、ご自身だって不本意でだろう身体の衰えを乗り越え、晩年になって幾度かリサイタルを開かれたことを、ひたすら尊敬する。今回も、本プログラムの曲はすべて暗譜だった。
 ご自身でこれが最後と決め、計画なさったリサイタル。アンコールは、シンディングの「春のささやき」とシューマンの「トロイメライ」。「春のささやき」はピアノのおけいこ途上の曲と思われがちだが、私は好きで、たまに春のコンサートで弾いたりする。北の国の厳しい冬にようやく訪れた春の兆し。少しずつ流れ出す小川。終戦後、誰もが生きるのに精一杯だった時代に、西洋音楽を紹介してきた先生の活動を象徴しているような気がした。
 「トロイメライ」の静かな流れを、あといくつの音でおしまいだろう、ともったいない気持ちになりながら聞く。最後の音が終わったとき、間髪入れず拍手する不届きな輩はさすがにいなかった。
 今後も、後進の指導はたゆまず続けられるとお聞きしている。どうぞいつまでもお元気でお過ごしください。
 
 プログラム
      モーツァルト:ソナタ「トルコ行進曲付き」
     ベートーヴェン:ソナタ「悲愴」
    メンデルスゾーン:無言歌より
        ショパン:バラード 第3番
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しおん

  • Author:しおん
  • 4人の子どものうち、1人は結婚し孫もできました。まだまだ子育ては続きますが、日々格闘しながら、ピアノと向かう毎日。大好きな本のこと、ベランダの緑、趣味の手芸もご報告していこうと思っています。
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。