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児童書にとって大切なこと

 「世界でたったひとりの子」を読み終え、図書館のネット予約を初めて利用して、同じアレックス・シアラーの「ミッシング」とル・グィンの「なつかしく謎めいて」を借りてきた。「世界でたったひとりの子」に関して、「バッテリー」のあさのあつこさんが絶賛したというのをどこかで読んだが、「ミッシング」のあとがきに、そのあさのあつこさんの言葉が載っていた。
 『これは一般書でもそうかもしれませんが、私は児童書においてただ一つタブーがあるとしたら、それは性的表現とか、殺人などといったことではなく、絶望だろうなと思うのです。人生ってこんなものだとか、死んで終わりだとか、破滅して終わりだとか、それだけは語りたくない。ありきたりな希望ではなくて、ほんとうにささやかであっても、やはり若い方たちがこれから生きて行く価値のある未来があるんじゃないかみたいなことを語りたい。』と。
 おそらく、私が児童書を読むのが好きな理由もそこにあると思う。確かに絶望しか見えない小説の中にも名作はある。ジュリアン・グリーンの「閉ざされた庭(アドリエンヌ・ムジュラ)」なんて、本当に救いようのない話である(作家の皆川博子さんが好きな小説として挙げていらした)。私は「一般書でもそうかもしれない」とは言えないと思っている。(ついでに、私的には「ハリガネムシ」や「蛇にピアス」は読まないと決めている。絶望だけじゃないかもしれないけれど。)
 児童書(ヤングアダルトを含む)では、地獄に堕ちて終わり、というのはない。どんな逆境の中にある話でも、最後に未来につながる道が見える。「ああ、よかった。」と安心したり、「がんばろう。」と思う勇気をもらったり、それは文学的な、あるいは芸術的な読み方じゃないかもしれないけれど、私にとっては大切なことである。人生への絶望を感じるために時間を割いて本を読むなんて、不毛な気がするでしょ。もちろん、子どもたちにも、希望を与えられる本を読んでほしいなあ。
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しおん

  • Author:しおん
  • 4人の子どものうち、1人は結婚し孫もできました。まだまだ子育ては続きますが、日々格闘しながら、ピアノと向かう毎日。大好きな本のこと、ベランダの緑、趣味の手芸もご報告していこうと思っています。
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