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どうして手作りが好きなのか?

 図書館で手芸の本を借りてくるのが好きである。楽しく読むだけでももったいなくないし、そのままつくるのもよし、ヒントをもらってアレンジするのもOK。料理の本もそうだけれど、本を買ったからには作らなくてはという気負いがない。
 そういう本を読んでいると、すごくおしゃれなデザインをしている手芸家が、「私が小さいころ、母は新聞やチラシを型紙にしてしゃかしゃかっと私の洋服を作ってくれました。だから、私は大きくなるまで『型紙』というのは新聞紙のことだと思っていました。」とか、「私のおばあちゃんは、まわりにある端切れや古着から、ちょこちょこっといろんなものを作っていました。私の手芸家としての名前は、そのおばあちゃんからもらいました。」とか書いてある。確かに、昔のお母さんやおばあさんは、作れるものは手作りだったし、それも新しいものばかりじゃなく、何かを作り直したり、毛糸もほどいては編みほどいては編み、あるものを最後まで使い尽くしていた。
 うちの母も、私が小学生のころ亡くなったおばあちゃんも、何でも作ってくれた。ほどいた毛糸に熱湯を通して洗ってくせをのばしたあと、もう一度巻き直すのを手伝わされた。祖母と母がレース編みをするので、私も小学校のころまねをして、頑張りすぎて肩が凝って歯が痛くなったのも覚えている。母は縫い物や刺繍やできることは何でもしてくれていたし、祖母もリウマチで寝たきりになっても私の浴衣の按配を見てくれた。
 今の手芸は、昔のような必然ではない。「買うよりも作るほうが経済的だから」ということもない。アジアで作って売っているもののほうが、材料を揃えて手作りするよりも安価である。百円ショップにも、何だってある。「手芸」というのは、ある意味贅沢な趣味になっている。
 それでも、自分の身のまわりをちょこちょこっと飾る手作業は楽しい。祖母や母を見ていても、生活のためにいやいや手作りするのではなく、その作業自体を楽しんでいた。そういう先輩の姿を見ながら育って、やっぱりこちょこちょ作るのっていいなあ、という気持ちが私に植え付けられたに違いない。TS3B0007.jpg
先に書いた手芸家さんにしても、モノ作りの精神が代々受け継がれてきたんだなあと思う。
 というわけで、次なる在庫減らしはくるみボタン。アクセントにしても、ゴムを通して髪留めにしてもかわいいでしょ。珍しく写真が上手に撮れたので、クリックするとはっきり見えます。でも、これも、量的には在庫がち~っとも減りません。
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しおん

  • Author:しおん
  • 4人の子どものうち、1人は結婚し孫もできました。まだまだ子育ては続きますが、日々格闘しながら、ピアノと向かう毎日。大好きな本のこと、ベランダの緑、趣味の手芸もご報告していこうと思っています。
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